それはそうとこの番号からすると場所は京都ではあるようだ。確かこの辺りは私有地だった気がするけど。
「いっくん」
「何?」
「もしかして、いっくんは鴉の濡れ羽島に居たりしますか?」
「よくわかったね」
僅かに驚いたような声。
ここで実はエスパーなのだと告白したら頓狂な声でも出してくれるだろうか。いや、すぐに嘘だとバレるか。
「電話番号から地名を割り出すのが趣味なんです」
「そりゃまたすごい趣味だ」
「冷たいリアクションを有難う御座います」
「こんな場所のことよく知ってるな」
「小耳に挟んだことがある程度ですよ」
鴉の濡れ羽島。
私にはあまり縁のない世界の住民である赤神財団の現当主の孫娘である赤神イリアが勘当され、住み着いている日本海に浮かぶ小島。そして、いわゆる《天才》が集められる島。
「そこに居るということは友も一緒なんですね」
「君はぼくが招待されたとは少しも考えないんだね」
「いっくんは《天才》という言葉の枠にはおさまりませんから」
それに彼の意思でそんな離島に好んで行くとも思えない。彼女に引っ張り出されただけに過ぎないだろう。
「しかし、孤島とはいい響きですね。これで嵐なんかが来た日には殺人事件でも起きてしまいそうじゃないですか」
事件を解決する名探偵の役割は彼に似合いだと思う。
小説なんかで名探偵の行くところ行くところで事件が起きるのはその役者が事件誘発体質であるからだ。普通の人間が普通に生活して事件に遭遇する確率などかなり低い。名探偵がそこに存在するからこそ事件は起きる。事件の元凶は名探偵だと言っても過言ではないだろう。
そんな諸悪の根元のような役割が彼に似合わないはずがない。是非ともここは買って出て欲しいものだ。
「馬鹿なこと言うなよ。何も起きないだろうし、ぼくに名探偵なんて無理だ。ワトソンにすらなれないよ。そもそもぼくが名探偵になるまでもなく他の誰かが解決するよ」
ここには天才が集められているのだから、と謙遜でもなんでもなく彼は言いきった。
天才が名探偵だなんて誰が決めたのか。本当に天才と呼ぶような人物は事件を解決するのに名探偵のように勿体振ることなく即座に犯人を見つけてしまうのだから。しかし、そんな討論をした所で事件は起きていないのだからただの無駄話でしかない。
「有無は何してるんだ? あいつにも本当になんの連絡もしてないみたいだけど」
「私のことを気に掛けてくれるんですか? 嬉しいですね。嬉しすぎて今すぐちゅーしに行きたいくらいです」
「何してるんだ?」
何も聞こえてないことにされた。そりゃもう思春期じゃないにしても性欲を持て余しているんじゃないかっていう心配をしているんですが無用だったか。残念。
「私はですね、この年にして中学生に逆戻りしてますね。見えそうで見えないチラリズムです」
「意味がわからない」
「不本意ですが女子中学生の格好をしています。いっくんがお望みならバニーでもナースでもメイドでもどんなコスチュームプレイも対応可能ですよ。セーラー服をご所望なら私の中学生時代の制服を発掘してきますが」
「…………」
おや、意外に好感触? どのワードがツボだったんだろう。今度どれかの格好をして迫ってみようか。
「相変わらずよくわからないことをしてるのだけはわかったよ」
「やっぱりいっくんの側に居るよりはつまらないですがそれなりにやってます」
「そう。じゃあ、時間も潰せたしもう切るよ」
「いっくん」
電話を切ろうとする彼を呼び止める。置こうとしていた受話器を再び耳元に寄せる気配がした。
「友によろしく言っておいて下さい」
「自分で言ってくれ」
ブツリと呆気なく切られた。もう少し惜しんでくれてもいいのに。
ああ、決め台詞は考えておいた方がいいって言い忘れてしまった。彼と彼女が居て何も起きないなんてそんな愉快なことがあるはずない。彼女から昔話は聞いたことがある。例え名探偵にも助手にもなれなくても語り部は物語を語らなければならないのだから。
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