僅かに期待をしていたけれどやっぱり退屈凌ぎにしかならない。それ以上を彼に求めるのは無理だ。
 こうやって実際に顔を合わせて少し言葉を交わせば解ることだ。


「なんの話をしているのかわかりませんが、そろそろあなたには眠ってもらいましょうかね。別の客人をもてなす用意をしなきゃならないので」

「殺すんですか?」

「それもいいですけど、あなたが何者なのか気になりますしまだ殺しませんよ」


 ぐいっと近付けられた顔。思わずその目に見入る。
 今、攻撃されたら曲絃糸しか持たない私は確実に不利だ。もう少し考えて行動するべきだったかもしれない。詰めが甘いというかなんというか。死にたがりとあの人に怒られたのはこういうことか。


「よい夢を」


 その言葉を耳にしたのを最後に私の意識はぷつりと途切れた。






「…………、」


 ぐらぐらと体を揺らされる。聞き覚えのある声がする。身体を動かしたいのに全身が重い。


「ゆっちゃん!」


 目を開けば蒼が映る。
 見間違えることなどない美しい蒼。愛しい愛しい彼女が其処に居た。


「『女王(レーヌ)』、どうして此処に?」


 彼女は京都に居るはずだ。そして、私は黒曜ヘルシーランドという京都から離れた場所に居る。
 上手く頭が回らない。


「ゆっちゃんにお別れを言いにきたんだよ」


 無邪気にそして無防備に蒼が笑う。
 私の大好きな笑顔。なんて尊く美しいのだろう。
 がさり、と音がして顔を向ければ死んだ目の青年が居た。彼はこっちにくると私に馬乗りになっていた彼女をどかした。


「いーちゃん!」


 嬉しそうに彼を呼ぶ蒼。しかし、彼は表情ひとつ変えない。


「いっくんまでどうしたって言うんですか」

「玖渚が君に挨拶したいって言うから」

「だから、それはどういう意味なんです?」


 なんだか苛々してきて眉をひそめる。
 お別れというのはどういう意味だ。ついに私はいらないと死刑宣告のような言葉を聞くことになるのだろうか。


「僕様ちゃんね、ここで終わりを迎えるんだよ」


 え?
 聞き返そうにも喉が震えて声が出ない。
 いつものようにいっくんに抱きつく友。それを見たこともない穏やかな笑みで受け止めるいっくん。
 胸の辺りがざわざわと騒ぎ出す。


「バイバイなんだよ、ゆっちゃん」


 子供のような彼女の細い首にいっくんの指が絡みつく。強く、強く、彼女の首を締めあげていく。何処か安心したような表情のいっくんを恍惚とした表情で見上げる友。
 なんだ、これは。なんなんだ。
 小さい友の身体が宙に浮く。黒いコートの裾から覗く白い足が揺れる。ゆらゆら、ゆらゆらと。
 頭から血の気が引いていく。見たくないのに一瞬も目が逸らせない。
 揺れる蒼い髪。弧を描く薄い唇。髪と同じ蒼が大切そうに青年を瞳に映す。


「何を……何をしてるんですかっ」


 ようやく口から出たのは悲鳴にも似た声。震える声は空気中に霧散していく。
 やめてやめてやめてやめてやめてやめて止めてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてヤメテやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて止めてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!
 『女王』が、友が死んでしまうっ。




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