カフェでノートパソコンを開き、さっきポチくんが着ていた制服の学校を調べた。
制服マニアが多いせいか苦労することなく目当ての学校を見付けることが出来た。ついでにその学校の不穏な噂も見付け、目を通しておいた。脱獄囚が原因だというのはすぐに解る。
黒曜中学付近の地図を出す。流石に学校自体を拠点にしているとは考え難い。恐らく学校の近くに身を潜める場所があるはずだ。
「此処ですかね」
黒曜センター。複合娯楽施設だった場所。今はもう使われておらず廃墟になっているらしい。
結露で濡れたグラスに残るアイスコーヒーを一気に喉に流し込む。
さっきのポチくんが私のことを伝えていれば場所を移される可能性も零ではない。ならばすぐに行動するべきだ。
記憶した地図を頼りに隣町まで向かった。黒曜センターという看板は今にも崩れ落ちそうで、人をあまり寄せ付けない雰囲気を放っていた。
周囲に注意を払いながら慎重に進んでいく。不意打ちなんかされたら確実に私が不利だ。もう少し色々持ってくるべきだったかもしれない。
「おや、迷子ですか」
黒曜ヘルシーランドの入り口付近に着いた時、突然声を掛けられた。
オッドアイの少年が人の良さそうな笑みを浮かべている。
「いいえ、人を探してたんですけど……」
「けど?」
「もう見つかりました」
私の調べた写真では顔に二本の切り傷のある三白眼の男だったが、それは豹くんの情報だと既に潰れたマフィアに居たランチアという男らしい。だから、六道骸の顔は解らないけど確信を持って言える。
「貴方が六道骸ですね」
少しだけ彼は驚いた表情を見せた。しかし、すぐにそれは笑みに変わった。さっき見せた人の良さそうな笑みとは全く違う。
「クフフ、素晴らしい観察眼をお持ちのようですね」
彼の纏う空気は何処か歪み、淀んでいる。暴力の世界の人間と同じ空気。
「あなたが犬の言っていた方ですか。こんなに美しい方だとは思いませんでしたよ」
「お世辞をどうも」
外人っていうのは女性を褒めないと気が済まないんだろうか。綺麗な顔の男に言われても皮肉にしか聞こえない。
「それで、僕になんの用ですか?」
「脱獄してわざわざ日本に来たみたいだったんで、どんな楽しいことをするのか気になって」
「あなた、どこまで知っているんです?」
穏やかで妖しい笑みを浮かべたまま彼がゆっくりと近付いてくる。
「僕が何をやるかを聞いてどうするつもりですか?」
「別にどうもしませんよ。知りたいだけ。傍観者の真似事でもしようと思ってるんですよ」
私は傍観者にはなれなかったから。
私は部外者でしかない。
だから、私は彼にはなれない。
だから、私は破壊した。
彼女が望むままに壊して壊して壊した。
「面白い人ですね」
クフフとまた笑い声をあげた。
「あなたもこちら側の人間なんですか?」
「まさか。私はマフィアになんて興味ないですから」
「それにしては随分と詳しいじゃないですか」
「退屈凌ぎよ」
所詮そんなものでしかない。
もう何も望まれないから、することがない。何かをする気力も湧かない。
だけど、退屈は人を殺す。
彼女に必要とされないという酷くつまらなくて色のない世界で生きる為には何かをしていなければならない。でなければ本当に死んでしまいそうになる。
「羨ましい」
思わず本音が零れ落ちた。
もしも、彼が帰ってこなかったら。もしも、私が傍観者になれたなら。
そうしたら貴女はまだ私を必要としていてくれましたか?
あり得ない考え。《もしも》なんていうのは絶対にあり得ないことだ。既に起こったことを覆すことなど出来ない。
「彼等が羨ましい」
「なんのことですか?」
訝しげに私を見る。
話した所で彼には解らないだろう。だって、彼は私側の人間じゃない。彼は彼女と同じ立ち位置にいるのだから。そう、選ぶ立場の人間。
「でも、貴方じゃ駄目です」
彼女の代わりに彼はなれない。
隣に居ることを許されたポチくん達は確かに羨ましい。けど、許してくれる人間が彼女じゃなければ私にとって意味がない。六道骸ではあの蒼の代替品にはなれない。
格が違う。器が違う。何もかもが違いすぎて比べるまでもない。
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