独房にて1

「おかえり。ずいぶん早かったね」
「うん、思ったより早く片付いた」
「こんな急いで帰らなくても、観光のひとつでもしてくればよかったのに」
「遊びに行ったわけじゃないし。ところでフェイタンは?」
「大丈夫、ちゃんと居るよ。もっとも今は独房に入ってもらってるけど」
「……何で?」
「オレを誘惑して脱走しようとしたから」
「……」
「断ったらキレて暴れて大変だった。安心していいよ、約束通り手は出してない」
「……へえ。ならいいや」
「カルトさー。どうせお前、このままフェイタンに会いに行くだろ?ひとつ頼みがあるんだ」
「何?」
「あのコ、ちょっと針が効きにくいみたいでさ。また暴れると困るし、一度しっかり再処理しておきたいんだけど。お前に協力してもらおうと思って」
「わかった。面倒かけるね」
「なぁに、アフターフォローは当然の責任さ。それにあのコも可哀想じゃないか。中途半端な洗脳で混乱したままじゃあさ、苦しくてしょうがないだろ」
「うん。で、ボクは何すればいいの?――……」


歩みを進めるも足音はない。
古めかしい石造りの壁に、二人の会話だけが反響する。


「……――しかしお前も頑張るね。オレそういうのよく知らないけど、性転換ってそんなに高くつくの?」
「それ自体はそうでもない。けどお金は幾らあっても困らないでしょ。フェイタンには色々買ってあげたいし。これから物要りになるだろうし……何さ、そんな驚いた顔して」
「いや、感慨深いなぁと思って」
「何が?」
「お前がこんなに尽くす男だなんて知らなかった。あのコは幸せ者だな」
「尽くす?別にそういうんじゃないと思うけど」
「ははは。まぁ、せいぜい大事にしてやりなよ」


***


フェイタンは独房にいた。鎖のついた首輪をはめられ、両手両足をそれぞれ鉄の拘束具で固定されて、編み込んだ髪はほつれ、身に纏った振袖は乱れ帯が解けかけて、襟は大きく開き、胸元と太股が露になっている。目元はアイマスクで隠され、薄く開いた唇は乾いて皹が入っていた。

「おはようフェイタン。カルトが帰ってきたよ」
呼びかけるなり、イルミはフェイタンの戒めを解き、首筋に刺さった針を引き抜く。その拍子にフェイタンの体がビクリと跳ねる。針を抜かれた傷口からじわりと血が滲み、玉になって、筋を描いて落ちて、じわりと襟に吸い込まれ赤い染みを作る。
更にイルミはフェイタンの目隠しを外し、髪を掴んで、顔をこちらに向けさせた。
暗闇に慣れた目には室内灯が眩しいらしく、フェイタンは小さな目を細めて顔を顰めている。強制的に眠らされていたのか、その動作は何となくぎこちない。まるで起動したばかりのアンドロイドだ。
「ほら。カルトに言うことあるんじゃないの?……って、まだ麻酔効いてて喋れないか。体は満足に動かないだろうけど、数分くらいで話せるようにはなる筈だよ」
イルミの言葉を聞いているのかいないのか、フェイタンはカルトたちから視線を反らして黙っている。見るからに不貞腐れたその表情には、少なからぬ恐怖と、諦めの色が刷かれている。

「あーあ、むくれちゃってる」
掴んだ髪を放して頭を撫でながら、イルミが呆れた口調でフェイタンに語りかける。そしてカルトに向き直ってこんなことを言った。
「カルトもカルトだよ。ちゃんと優しく接してやれば、フェイタンだって逃げようとは思わないだろ」
「ボクは充分優しくしてきたつもりだけどね」
「でなきゃ逆らう気も起きないくらい徹底的に躾るとかさ」
「だから、今それをしようってんでしょ」
「ははは。そう言えばそうだ」
カルトはイルミの軽口に付き合う気分ではない。カルトの表情にはありありと苛立ちが滲んでいたが、イルミは気にした様子もなく、むしろ面白がるように口の端を上げている。
「ただいま、フェイタン。兄さんに色目使って逃げようとしたんだって?」
「……」
「『いい子で待ってろ』と言った筈だよ。悪いことしたらどうなるか、分かってるよね?」
「……」
「もう二度と馬鹿なことしないよう体に教え込んであげる」
「……」
黙り込むフェイタンの頬を撫でる。これといった反応はない。死を覚悟した獣のように身動ぎ一つせずに、ただ黙って床に視線を落としている。

(さぁ、どうしてやろうか)
カルトは内心興奮していた。
裏切りに対する怒りが全くないわけではない。
イルミから今回のことを聞いた時、まず感じたのは激しい憎しみだった。
許しを乞うフェイタンをいたぶり、嬲り、痛めつけ、最大限の苦痛を与えながらバラバラに引き裂いてやりたい衝動に駆られた。
それを抑え込んでいるうちに劣情が芽生え、その方が大きな位置を占めるようになり、それが嗜虐心にすり替わっていった。フェイタンに対する憤怒は最早、彼を虐げる口実でしかない。

「……もういいね。もう逃げようとか思わない」
溜息交じりに、ぼそりと呟くフェイタン。「へぇ」とイルミが感嘆の声を漏らすのを無視して、更にこう吐き捨てた。
「殺すんならささと殺せ。このゲス野郎」
「『殺す』って誰を?マチ?シズク?ノブナガ?それともフランクリン?」
「……はは、お前なんかにできるわけないね。他の面子、ワタシほどマヌケ違うし。返り討ちに遭うのが関の山」
主語がないのを逆手に取って揚げ足を取ると、フェイタンは力なく失笑し、自暴自棄に吐き捨てた。
カルトは以前口移しで食事を摂らせ、脱糞直後に犯してやった時の泣き顔を思い出した。あの時の征服欲が蘇って、また加虐的な欲望が沸々と湧いてくる。
精一杯の虚勢を張って開き直るフェイタンが愛おしくて仕方がない。これを突き崩せば、一体どんな表情を見せてくれるのか。楽しみで楽しみで仕方がなかった。

何を使おうかと辺りを見回す。独房には色々なものがある。先程まで使っていたものをはじめとした様々な形状の拘束具。鞭。火箸。スタンガン。種々の拷問器具。毒耐性をテストするための薬剤――……
単純な折檻は効果がないだろう。というか、へたな肉体的苦痛は危険だ。彼の発を呼び起こすかもしれない。正直に言えば見てみたい気持ちもなくはないのだが、それは命あっての物種というものだ。
もっとも当人は怒りどころではないだろうが、万が一ということもある。それに単純に痛めつけるより、精神的に追い詰めてやった方が面白い。

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