無言の境地





もはや言い表すことなど。


窓越しに眺めた空に、綺麗な月が浮かんでいた。雲に遮られることも霞むこともなく、煌々と照る夜空の灯。
穏やかな風に草花がさわりと傾く。そうして流れた香りが鼻腔を掠める。
神秘的な雰囲気にあてられ、無自覚にピアノを触れていた。指先から溢れゆく音をゆっくりゆっくり、耳で、指で、味わう。

こんな夜には美しい時が訪れてほしいものだが、残念なことに、この屋敷にいては叶わない。
なんせこんな夜には、


「お邪魔してるぜー」

「また…貴方ですか」


決まって不釣り合いな男が現れる。


「らしくねえなお坊ちゃんよ、鍵空けっぱなしなんて。おかげで楽に入れたけどな」

「どうせ貴方が来るだろうと思っていましたからね」

「おーおー、歓迎して」

「ません」


男が現れるのは、いつも静かな夜。風のように訪れ、何をするでもなく、風のように去っていく。
目的はわからない。かと言って詮索する気はない。
大切なのは、私の時間を奪われるという事実。


「今夜は何を弾くんだ?」


バッハ、シューベルト、モーツァルト。
数多の音楽家たちの名を挙げながら、自分の指定席だと言わんばかりにピアノの隣へ添う男。
だが目的が音楽でないことを、私は薄々感じ取っていた。


「…そうですね」


あなたのような人間をいとうような、音を。楽譜のない曲を。
弾き始めると、男は眉を顰めた。


「…これが厭う?どちらかっつーと、こりゃあ」

「文句があるならさっさと去りなさい、お馬鹿さん」


静かな夜、沈黙に徹する二人の間を、大人しい音符が駆けていく。

その幽寂たるや、もはや言い表すことなど。



(110713→120213)


きゃっほーぃ。普墺きたこれ!
APHで普墺が一番好きでしてね。え、聞いてない?そうですか(ぇ
歓迎していないと口では言っているけれど、ピアノの音に滲み出る墺さんの感情(というか恋情ですかね)にきゅんと来ました。
この何も言わない中での、音符だけが気持ちを伝える、って良いですねぇ。これは癖になりそう。

では部子さん、この度は素敵な普墺をありがとうございました!^^



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