春歌姫



忘我の彼女はエルドラントの跡地にいた。
何を聞いても答えず、レプリカだとすぐに知れたので、軍が保護することになる。
本国に連れ帰ると、その少女を目にしたジェイドが「自分が引き取る」と名乗り出た。
レプリカ、という存在をこの世界に作り出してしまった責任を取る形か…と思われた。


「ふん、ふん、ふ〜ん…」

主人は随分とご機嫌の様子。彼女の目は軽やかな彼の手元を映す。

「ふんふ〜んふん、リオ、もうすぐ夕食が出来上がりますよ?」

ジェイドは呼びかけるが、少女からの返事はない。
彼女はまだ感情を学んでいない。

やがて完成した温かい料理を、ジェイドはひとすくいずつリオに食べさせた。

「おいしいかい?熱くはないか?」
「…お…いし…い…」
「良かった!
やはり食べてもらえる人がいると、料理は張り合いが出る」



なぜ彼がレプリカ少女を養育するのか?様々な噂が流れたが、単純に夜伽に使う人形少女が欲しかったのだ、と大体がそう結論付けられた。
しかし当のジェイドはといえば、彼女を不憫に思ったことで、小さくもこれまで存在していた父性が肥大化したに違いないのだ。
リオには帰る場所も、見守ってくれる者もいない。ものを食べる、ということすら知らずにいるのだから。



「ふん、ふんふんふ〜ん」

ジェイドはいつも鼻歌。
リオは椅子に座って見ている。
夕食どきはいつも、そう。
リオが食べると嬉しそうに、終戦後一気にくたびれた顔を綻ばせる。
そして片付け中も鼻歌。



「リオ、今夜は時間がある。話に付き合ってくれないか?」
「……」

今夜はロウソクの火を真ん中にして向かい合い、紅茶を淹れた。
二人の顔が穏やかな橙に照らされ、息一つするのに緊張する。

「あなたといて、ようやく家族の楽しさを理解した。
こうして食事をともにし、話す。
こんなに小さなことが、こんなに幸せだったとはね。…まったく、これまで何をしていたのやら」
「……」
「リオ、ありがとう
あなたは誰かのレプリカだ。
しかし私は…あなたがいて良かった、と心から思う」
「……」
「ところで、あなたを正式に私の娘として迎えたい。
これからもあなたと共に暮らし、歳を取ることを許してくれるだろうか?」
「……」

リオからの返事はない。
内心恐る恐る打ち明けたジェイドには、それは怒りの類いに感じられた。

「…すまない、私の勝手だ。
かつてあなたの返事も聞かずに引き取ってしまったし、な…
私は、我が儘だな」

ジェイドの耳に、あまり耳慣れしない声が届く。

高い。高く掠れる声。

目の前の少女の薄く開いた口からだ、何やらが洩れているのは。

「…ぉ…」
「…リオ?」
「……ん……ー……」

よくよく耳を立てて聴く。と。

「…ふん、ふん、ふーん…ふん…」
「リオ…!?」

そうだ、それと同じ鼻歌は自分が嗜んでいる…!

「それは」

ジェイドが問うと

「ジェイド…いい…とき…する…ふーん…ふん…楽しい…ふん、ふーん…ふん…」
「…あぁ…!」

表情は無いに等しいが、確かに理解はしている!
ジェイドが心弾むとき自然と出ていた鼻歌を、またその理由を、彼女はいつの間にか体に刻んでいたのだ。

「…楽しいのかい?リオ」
「うん。ふーんふん…ふーんふん…」


涙ぐむジェイドにとってそれは、大譜歌よりも尊い歌声だった。



(おわり)


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