「ピオニー様、どちらへ行かれるんですか?」
「げっ!…リオ、此処は見逃せ!」
「すみません。もう遅いです」
「居たぞ!こっちだ!逃がすな!」
どやどやどや。
自分の背後が酷く騒がしい。そして時間が経つに連れて段々大きくなる。
それが意味することなど一々考えずとも理解出来る。
「リオコノヤロー、覚えてろよー!」
「はい、しっかり忘れておきます」
遠ざかるピオニーに手を振って、彼を追い掛ける兵士達を見送った。
さて、今日も帝都グランコクマは良い天気である。晴天の中、ピカリと光る霹靂も今は爽やかな風物詩と化している。
ああ、今日も花が綺麗に咲き誇っていること。
「おい、さっきは酷ェ目に遭ったぞ」
「またジェイド様の御怒りを受けてましたね」
「笑い事じゃねぇって。アイツの雷は洒落になんねぇんだよ」
「では少しお仕事をなさっては如何ですか?」
「それは嫌だ」
それでは仕方ありませんね。
くすくすと小さく笑うリオに少し腹が立った。自業自得と面と向かって言われている方がまだ気に留めなくて済むのに、と理不尽な不平を彼女へ向ける。
「走り回るのも良いですが、時には筆を執るのもまた楽しいですよ」
「それはお前だけだ」
いくらリオが大人びていたとて、三十六のオッサンが十も離れた人間に諭されるのも如何なものなのだろうか。
「…ちょっと布団に隠れさせろ」
「え?ぴ、ピオニー様?」
無理矢理リオのベッドに入り込み、布団で身を隠すピオニー。
その直後にまた喧しく兵士達が部屋に乗り込んで来た。どうやらまたピオニーを捜しているようだ。
「ピオニー様が此処にいらしたらまたお知らせしますね」
「お前のことだから弁えていると思うが、くれぐれも陛下に近付かぬようにな。その病は伝染るのだ」
「…はい、気を…付けます」
パタン、と扉が閉まる。
聞いてはならぬことを聞いてしまった。体が弱いことは知っていたが、病のことなど聞いたこともなかった。
「リオ、お前…」
「そういうことです。離れて下さい、…陛下」
「何で黙ってた?」
「聞かれなかったからです」
急に余所余所しくなったリオにかっとなる。彼女を責めたい訳ではない。止まらないのだ。自分に何も話してくれなかった哀しさと気付けなかった悔しさの板挟みになった所為で。
騒いだことが原因で兵士に見付かり、彼女と離され、また怠惰な日々を送る。
リオの病状のことはジェイドから聞いた。結核は不治の病、今の技術では治らないらしい。リオを苦しみから救ってやれないなんて、何て無能なんだろうか。
「リオに、会いたい」
「なりません。言ったでしょう、彼女の病は伝染性が非常に高いんです」
「伝染ってもいい。俺はリオに会いたい」
ならば、会いに行けば良い。
いつものように此処を抜け出して会いに行けばいいのに。たったそれだけのこと、何を躊躇していたのだろう。
誰の制止も聞かない。俺はあいつに会いたいんだ。
―――会って後悔したんじゃない。あいつの様子に絶句した。青白くなったあいつの姿に言葉なんて作れなくて。
「陛下!いけません!」
「煩ェ!どけ!」
「ピオ、ニー…さま…ど、して…」
「お前に会いに来た、それだけだ」
青い瞳が歪んだ。
理由は知らない。要らない。ただ会えただけで、それだけで、
「死に際に…貴方に言いたい…」
「縁起でもねぇこと言うなよ、リオ…」
「愛して、います…この世界の誰よりも…貴方を、愛しています…」
「俺もお前を、愛しているから…」
小刻みに震える両手がピオニーの頬を包む。指先に触れる透明な雫にふ、と笑った。
瞼と共に腕が重力に遵って静かに落ちて行く。
「俺を置いて逝くなよ…」
悲嘆とか悲哀とか悲しみを表す言葉は多量にあるけれど、どんな言葉で繕った所でこの悲しみは表せない。
「お前が好きで好きでしょうがねぇのに、結局一言しか言わせねぇのかよ…またリオの勝ち逃げかよ…」
もう追い掛けても追い掛けても抜かせない所まで逝ってしまった。
でも、これだけは、
「全てに於いて負けを喫した俺だけど、」
好きの気持ちはお前にだって負けない。
この先にどんな結末が待っていたとしてもお前だけは、
色を失った唇に、パステルカラーのキスを。
End.
10/08/22
▽後書き
…切甘、になろうとしてなり切れてない感が半端ないのですが。
も、もしこんなの切甘じゃねぇ!屑が!という苦情など御座いましたらご遠慮なく一報下さい。こんなのものを捧げて良いのかも疑問に思ってしまう程ですので…(オイ
冬幻ユウ様、この度はキリ番リクエストありがとうございました!
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