飽和の限界突破



本日、快晴。腹立たしい程、誠に快晴。
雲量 零。見渡す限りの青、青、青。空色の絵の具をぶちまけたような、そんな感じ。


「(…にしても、暑い)」

「陛下!聞いておられますか!」


臣下の話を適当に聞き流しながら滝よりも尚青いキャンバスを見上げた。
すると彼は怒り、クドクドと説教たれる。毎日毎日同じ事を繰り返し、彼は疲れないのだろうか。
それにしても、暑い。これでは夏だ。日付的にイフリートリデーカンにはまだ程遠い筈なのだが。


「陛下!」


臣下の怒号が飛ぶ。こっぴどく叱られたピオニーは嫌々ながら執務室で暑さでインクの滲んだ筆を執り、書類の上で走らせた。一枚、二枚、と数を増やしてはいくのだが、紙の山は全く減らず、寧ろ逆にその高さが上がっているような錯覚に襲われる。いつまで経っても終わりの見えぬそれにやる気も体力も削り取られていく。


「めんどくせぇ…」


ぽつり、と愚痴を零した。
預言に玉座の主を記されたことから物語が開幕して、預言によって終幕を迎える。俺が生を受けた事で兄弟達が死に、愛する国民達が命を落とす。嘆かわしい事だ、預言なんていうものに翻弄され、挙句の果てに殺される…


「おや、陛下。貴方が自ら進んで仕事をこなすなど、明日は槍でも降りますかね」

「殊勝、とか言えんのか、お前は」

「すいませんねぇ、生憎と愚帝を褒めるような言葉は持ち合わせていないもので」

「…陰険な部下を持つと苦労する」

「お褒め頂き光栄です」


貶し言葉を褒め言葉に変換し、勝手極まりない解釈をするのは彼の悪い癖だ。むかつくから直せと口を酸っぱくして言っているが、未だ効果は見られない。


「それじゃあ私は仕事に戻りますよ」

「お前は何しに来たんだ」

「“仕事”をしに来ただけですよ。私は悲しい位真面目な人間なものですから」

「あーもう、早く帰れ」


仕事を増やすジェイドを半ば強制的に追い出す。折角紙山が減ったと思ったらまた元通りだ。紙の山脈など一生拝みたくないと思っていたのに。
ぐちぐちと不平を漏らしながら視線を上げれば、ふと机の隅が目に入った。


「…まあ、あいつが嫌味を言わなくなった逆に気色悪ィが」


湯気の立つ珈琲が山に遠慮するように、小さく置かれている。
嫌味の裏側の、優しさという人間性。時間と経験が生んだ賜物に、思わず頬が緩んだ。


ぶうぶうぶう。
それまで眠っていたブウサギが目を覚ました。この間の抜けた顔はジェイド、だ。
俗に言う可愛い方のジェイドが足元に鼻を擦り付けては円らな目を向けてくる。


「そうだな。そろそろあの仏頂面を可愛がりに行かないとな」


格好付けるように珈琲を口に含むと、格好悪くもブハッと噴き出した。


「…甘っ!…んのヤロー、絶対ェ足腰立たなくしてやる」


メラリと燃え出す怒りに任せて執務室のタイルを引っ剥がし、床下迷宮へ消える。
ターゲットは勿論、可愛くない方のジェイド。


眠気覚ましの珈琲を啜りながら、紙にペンを走らせる。
最低限の音しか響かぬ自分の執務室で、ジェイドは仕事に励む。がしかし、こうして集中している時に限って邪魔が入るものである。逆を言ってしまえば邪魔が入らなかった日は無いと断言しても過言でない位だ。しかもその煩さは皇帝級。


「仕事を途中で放り投げるな、と何度言ったら分かるんですか」

「細かい所は気にするな。ほら、こっち来い」


床下からいきなり這い出て来ては、長椅子に我が者顔で座り、ぽんぽんと隣に座れと命令する。ジェイドは溜息を吐きながらも言われたままに座るとピオニーはジェイドの膝を枕に寝転んだ。


「少しはご自分の身分を弁えられては?」


大臣達と同じ事を口にするジェイド。当たり前の行為なのだが、ピオニーにとってそれが酷く癪に障り、無意識の内に無言になる。


「…なんて、煩く言う輩は、此処にはいませんよ」

「…うん」


にこり、と微笑むジェイドは何よりも綺麗で。この全てが自分だけのものなんてこれ以上の至福は有り得ない。


「ジェイド、お前は誰のものだ?」

「ピオニー、貴方のものです」


言い終えた直後を狙い、ジェイドの項を掴んで引き寄せるとキスを一つ。
珈琲の苦味さえも甘味に変える錯覚感。そして同時に幸福感。


「貴方の疲れを癒すのは、何時如何なる時も私でありますように」


最大の呪文には、五文字の言葉を唱えて。
砂糖珈琲よりも尚甘く、飽和状態さえも超える恋を。


End.
10/06/17
▽おまけ

「あの珈琲は何だ、二十文字以内で答えろ」

「ああ、疲れた時には甘い物を、と言うから。です。ほらこれで二十文字きっかりですよ」

「だからってあの量は入れ過ぎだ!一体、何杯入れたんだよ」

「恐らく十杯程…」

「俺を殺す気か!?」

「そうなったらなったでそれも愛、ということで」

「お前な…」


▽後書き
甘々なPJ、ということで如何だったでしょうか?
あんまり甘いものを書かないので甘い、の基準がよく分からないのですが…;;
苦情や書き直しは承りますので遠慮なくどうぞ!

るぅさん、この度は相互リンク並びにリクエストありがとうございました!
不束者ですが、末永いお付き合いをお願い申しあげます。



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