For example



「リオ、付き合って下さい」

「別に良いですけど、」


いつもと同じ胡散臭い笑みを湛えた顔でよくありがちなその台詞を口にした。
平生と寸分違わぬ状況なので、どうせ今日も仕事の手伝いか何かだろうと軽い調子で了承したらば、突然抱き締められた。


「え、ちょっ、何!?」

「やっと許してくれましたね」


此処は帝都グランコクマのほぼ中心に位置するマルクト軍本部内の廊下。当然、軍人達が行き交っている訳で。そんな中でいきなり抱き合っていた、なんて良からぬ噂を立ち兼ねない。
いやもう時、既に遅し。未来形から現在形すっ飛ばして過去形に為り始めている。人の噂も七十五日、という古い言葉が存在するが、七十五日を過ぎても普通に飛び交っているような気がしてならない。抱かれたまま耳を欹ててみると、


『あの、カーティス大佐が…』

『漸く良いお嫁さんが見つかったんですね』

『これで胃痛の原因が一つ減ったか…』

『よし、これで脱走の成功率が上がる』


………。
最初のだけはやたら型に嵌り過ぎだけども、他は関係無いものばかりでした。特に最後の。ちゃんと聞こえてますよ、某国皇帝さん。

それは兎も角、この状態だと余計な尾鰭背鰭が、酷ければ手足が付いて一人歩きすること必至だろう。ああ、何と恐ろしい。
リオの予想は見事的中し、真実を激しく誇張した噂、という無色透明の暴風が某金髪の男を中心に軍本部内に吹き荒れた。
一週間経ってもそれは治まることを知らず、寧ろ段々と勢いが増しているのようにも見て取れた。


「噂なんてすぐに消えます。もう少し我慢して下さい」

「(死霊使いの噂は未だに消えていないんだけども…)」


今にも鼻歌を歌い出しそうジェイドを見て、思わず溜息が口から転がり出た。
正直、実感が無い。当初、勘違いという弊害が出ていた所為か、それともまた別の要因なのかは不明。しかし愛が無い、という訳ではないように思える。紛い為りにも“好き”ではある。そこまで深い意味は無いが。


「ところでリオ。これからお暇ですか?買い物でも行きませんか」

「はあ、まあ良いですよ」


…着替えてからでも良かったんじゃないかって思う。
軍服を着ていると完璧に見回りだ。…この際、見回りでも良いか。失礼だが彼と一緒だとショッピングなんていう雰囲気はまず出ない。


「リオさーん!ジェイドさーん!おつかれさまー!」

「奇遇ですね、ジェイド様」

「見回りか?死霊使い」


救世主発見とばかりにレイン、ルチル、サイラスの元へ走って行き、ジェイドには目もくれずまずルチルに飛び付いた。


「全く…奇遇過ぎて逆に疑いますよ。ねえ、お三方?」

「つうこうにんAさんなんだよ!」

「同じく通行人Bさんやってます!」

「という訳で通行人Cさんだ」

「ルチル少尉ー!逢いたかったです愛してます助けて下さい」


意図せぬ言葉が耳に入り、ジェイドが固まる。その固まった彼が目に入った三人は思わず固まる。言葉の対象であるルチルに関してはあまりの重圧に直立不動のまま身体が耐え切れず号泣する。それはもう服の背面がじっとりと濡れ、肌に張り付く程に。


「そうですか…。ルチル、後で私の執務室に来なさい」

「わっわわ、わたしは何もしてませんってば!」


鋭く光る赤眼にあわあわと焦るルチル。サイラスと彼女の腕に収まるレインは手持無沙汰でルチルの気も知らず呑気に欠伸を一つ。


「同性同士の方が楽しいでしょうし、邪魔者はお暇します」


ふい、と踵を返して去って行くジェイドにリオは首を傾げる。


「あれ?大佐?」

「ジェイドさん怒ってるのかなー」

「多分なー。奴も中々嫉妬深いから」

「え、もしかしてわたしの所為!?」


呑気者が何人集まろうと解決策は出ない。三人寄らば文殊の知恵、なんてことはない。四人に増えようと同じ事。こんな時はさっさと退散するのが得策である。


『あたしはシルフとは相性が良くても雷とは相性が悪いの』

「ウンディーネさん?待ってー!」

「ジェイド様を怒らせると本当に怖いから…頑張ってね、リオ」

「自分で何とかしてくれ、以上だ。じゃあな」


プレッシャーを掛けるだけ掛けて帰って行った通行人三人+α。


「私に一体どうすれと…」


途方に暮れるリオは呆けていても仕方ないのでジェイドの執務室へ向かうことにする。


「あのー、大佐…?」

「来ましたね。ああ言えば貴女なら此処へ来るだろうと確信してました」

「怒ってない、ですか…?」

「ええ。まあ、一応は演技ですから」


先程のアレが演技だと知り、安堵を吐くと同時に拍子抜けした。


「驚きました?」

「…とっても。私は少尉達が好きです。でも、大佐も好きです!それじゃ…駄目ですか?」

「同じ、ですか。まあ、いいでしょう。しかし、いつか貴女の一番にして下さいね」

「…はい、頑張ります」


リオの顎に指を掛け、彼女の唇をなぞると己のそれを重ねた。
その突然の行為に一瞬間を空け、リオは茹で蛸のように顔を赤くする。


「私は、貴女が貴女で良かったと思っています」
いつしか彼の口癖となった言葉に込められた意味を。


End.
10/06/05
▽後書き
ジェイド甘夢+過未主、ということでレインかサイラス、どちらを出そうか迷いに迷った結果両方出してしまいました。そして恐れ多くもルチルちゃんも出演させてしまいまして…許可無く出してしまい、申し訳ありません;;
苦情や書き直し要請はいつまでも受け付けてますので遠慮無くどうぞ!
針水晶様、この度は相互リンクして頂き誠にありがとうございました!そしてこれから末永くお付き合い頂けると幸いです。

追伸)レイン、サイラス、ルチルちゃん達夢主に関して名前変換を入れるかどうかとページ配置は針水晶様にお任せします。




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