保健委員でおかんな白石

ツンと薬品の匂いが鼻腔をかすめる。俺はこの香りが好きや。家が薬局やからか、この香りを嗅ぐと落ち着く。昼休みに保健室に来るやつなんかめったにおらへん。校風ゆえに騒がしいこの学校にいる中で、この時間は俺にとって唯一と言ってもいい心休まる時間でもある。持ってきていた本のページをめくる。



「失礼しまーす。」

聞き慣れた声とともにカラカラとゆっくりと開いた扉の方を向くと、案の定想像していた人物が立っていた。華子だ。

「うわ、白石おるやん」
「うわ、とはなんや。仕事やからしゃあないやろ」
「あーそういえば白石保健委員やったっけ。今センセはおらんの?」
「先生は昼飯中や。その間だけ交代で委員が代わりにおらなあかんねん」
「保健委員って検尿集めるだけが仕事やと思っとったけどこんなんもしとってんな。めんどくさそー」
「やかましいわ。で、どないしたん」
「それがな〜、これ」

と言って、制服のスカートをめくり露わになった膝を見てギョッとする。そこには握りこぶし大の傷があり、血が滴り落ちていた。

「あ、パンチラ期待した?ざんねーん!下に短パン履いてますぅ」
「んなもん頼まれても見たないわ」
「失礼やなー!土下座しても絶対見せたらへんからな」
「ハイハイ。で、これどないしたんや」
「謙也たちとパルクールごっこしてたら盛大にこけてもうた」

何しょうもない遊びしとんねん。鈍臭い華子にパルクールなんか出来るわけないやろ。
反論がうるさいやろうから口から出そうになった言葉をのみこんで、棚の上から消毒液を取り出す。これは包帯もした方がええぐらいの傷の大きさやなあ。

「やっぱ消毒せなあかん?」
「バイ菌入ったら大変やろ。まずはそこの水道で洗い」
「染みるから嫌やー」

天を仰ぎ見ながら涙目になる華子は無視して準備を始める。消毒液と、キレイな脱脂綿と、ピンセットと、包帯と。今まで長い間保健委員をやってきたけど、こんな大きな傷を作ってきたやつは初めてや。

「ぐあー染みるーーー!」
「うるさいねん。ちょっと黙っとき」

テキパキと治療していく俺を見て「白石ママン」とか言ってきたのでちょっとキツ目に包帯を巻いたった。出血には圧迫がええって言うしな。うんうん、我ながらキレイに巻けたわ。

「華子、それで今日の部活これるんか?」
「たぶん大丈夫と思う。見た目ほど痛ないねん」
「あんま無理せんときや」
「大丈夫大丈夫!ありがとうな、白石!」

お礼に今度パンツ見せたるわ〜、と言いながら謎のポーズ(おそらくグラビアアイドルを意識したポーズ)を取る華子の頭を軽く叩く。

「女の子が軽々しくパンツ見せるとか言うんじゃありません」
「ノリ悪!白石はやっぱりおかんやなあ」

唇を尖らせながら華子は言った。そうそう、そういう顔の方が女の子らしくて可愛らしいわ。

治療が終わったのに華子は一向に教室に帰ろうとせえへん。どうやら、俺の仕事が終わるまでここに居座る気らしい。大げさな身振り手振りをつけながら、楽しそうにパルクールごっこの話をしている。今度白石も一緒にしよな、と誘われたのと同時に扉が開く音がした。先生が帰ってきたようだ。

「白石くん遅なってごめんなー…て、あら。今日は山田さんも一緒やったん」
「白石が1人じゃ寂しいかな、て思って」
「ちゃうやろ。盛大にこけたからやろ」


一向にページが進まなかった本を持って、教室に向かう。「白石のおかげで全然痛ないわ!ありがとママン!」と、怪我した足を軸にくるりと回った華子の笑顔を見て、たまにはこんな昼休みもええかもなあと思った。