たじまとアイス

先に言っておこう。受験生に夏休みなどない。だから、こうして暑い中わざわざチャリ飛ばして学校まで自習しに来てたわけだ。


「おーい!」
「! 田島」


校門を出て田島のじいちゃんがやってる畑の横道を通ってたら大きな声がきこえてきた。目を凝らしたら畑のど真ん中にブンブン両手を振ってる田島の姿があった。大きな麦わら帽子がよく似合ってる。


「オレん家寄ってかねー?」
「えー? あたし早く家帰りたいー」
「アイスあるぜ!」
「行きます!」
「じゃちょっと待ってて!」


そう言って田島はまわりに散乱してた柄杓やらバケツやらを片付けだした。どうやらじいちゃんの手伝いをしてたらしい。近くにいた田島のじいちゃんに声をかけて彼は畑から出てきた。


「学校行ってたん?」
「うん 自習しにね」
「大変だなー」
「田島は? じいちゃんの手伝い?」
「暇だからなー」
「いいねー暇で」
「なんもよくねーよ! いざ暇になったら何していいか分かんねーし」


ああ、そっか。
ずっと野球ばっかやってた田島にはそれ以外の過ごし方が今までなかったもんね。それはとてつもなく寂しくて、羨ましい。






「ただいまー!」
大きな声を出して家の中に入っていく田島に続いてわたしもおじゃましまーすと大きな声を出す。「縁側行っといて」と残して彼はバタバタと台所まで走っていった。勝手知ったる田島家。わたしは真っ直ぐと縁側に向かって腰をおろした。伊達に幼稚園から通ってない。


「パピコでいいよな?」
「うん あ、あたしゆずがいい」
「オレもゆずがいい!」
「じゃあ分けっこしよ」
「おっけ!」


パキンと割ってコーヒー味とゆず味のパピコを交換する。昔からこうやってなんでも半分こして食べてたなあなんてぼんやりと思い出した。どこかでまた風鈴が揺れる音がした。


「夏だなー」
「うん… 夏だわ」
「これ第一段な!」
「? なんの?」
「夏っぽいことだよ! オレと夏休みを過ごそうって言ったじゃん」
「え? あれ本気だったの?」
「当たり前だろ! オレがジョーダン言うと思う?」


へへ、と笑った田島の顔を見てため息が出た。そうだ、昔から彼は出来ないことは口にしないし、例え出来ないことでも口に出したからには必ず可能にしてしまう。わたしが受験生だとか、もうちょっと頑張らないと志望の大学に行けないとかはきっと田島の計画の妨げにはならないんだろう。


「たぶんオレ、今年の夏は一生忘れられなくなると思うよ」


うん。ホントはわたしもさっきのことがどうでもよくなるくらいワクワクしてるよ。


100911