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「前の日曜日、黒瀬見たよ」

その言葉を聞いた少しの間のあと、彼女は伏せていた顔をあげた。そこには何か違和感が漂う笑顔がぺたりと張り付いていた。

「マジ?偶然だね」
「え?あ、うん。道路挟んでたから声はかけれなかったんだけど」

『花束持って何してたの』とは訊けなかった。何故か訊いてはいけないことのような気がしたから。

「あそこのケーキ屋さん、おいしいよね」

にこにこしたまま、黒瀬は言う。その笑顔がなんだかものすごく不自然で、オレはただ頷くことしか出来なかった。

間違いなく、彼女は何か隠している。

しかし、それを聞き出すための理由がオレにはない。彼女とオレは、座席が隣という繋がりしか持たない全くの“他人”だから。


090614