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あの日から黒瀬は頻繁に母さんの話を聞いてくるようになった。気を遣ってか、今まであまりその話題に触れてくる人はいなかったから実は嬉しかったりする。


「昨日さ、あたし母さんとケンカしたんだよね」
「なんで?」
「あたしが楽しみにとっといたケーキ勝手に食べてた」
「あはは、そりゃケンカになるね」
「『いらないのかと思った〜』って。白々し過ぎるっつの」


口を尖らせながら#name_1##は文句を言う。ケーキは贅沢品だもんね。オレも姉さんはともかく弟に食べられた時はキレる、と思う。


「栄口ん家は?兄弟多いからよくケンカになんじゃない?」
「母さんが生きてた頃はよくケンカになって怒られてたけど、最近はないかなあ」
「お母さん怖かったんだ?」
「しっかりした人だったんだよ」


目を細めて昔を思い出す。よく弟と取り合いになって母さんに小突かれていたっけなあ。ケンカしなくなったのはいつからだろうか。たぶん、母さんがいなくなった頃からだ。


「ああ〜、ケーキ食べたい!どっかにおいしいケーキ屋ないかなあ」


黒瀬はガクリと机の上に上体を投げ出して、力ない声で尋ねてきた。よっぽどショックだったんだろう。
近所にある評判の良いケーキ屋を頭の中に浮かばせる。あそこの交差点にあるケーキ屋、美味いんだよなあ。 あ、そういえば


「交差点のところにチーズケーキが有名なケーキ屋があるじゃん。前の日曜日、あの辺で黒瀬見たよ」


伏せている腕の隙間から見えた黒瀬の表情が陰ったのはたぶん、見間違いじゃない。


090612