03
「あ、」
「え?なに?」
隣りで「なになにどうしたの?」とうるさい水谷を無視して視線の先にいる人物が動くのと同じに目を動かす。
「黒瀬だ」
「あ、本当だ。声かけなくていいの?」
そう言った巣山の質問に「なんで?」と、返すと不思議そうな顔をされた。なんでお前がそんな顔するんだよ。オレのが不思議だよ。
「なんでってお前黒瀬と仲良いじゃん」
「え?なに?栄口あの子と仲良いの?」
クラスが違うため、イマイチ話が見えていない水谷は相変わらず隣りで騒いでいる。
休日でも容赦なく、クラブが入っていた今日。平日に比べていくらか早い帰り道、小さな花束を持つ黒瀬を見かけた。彼女は道を挟んでいるオレたちに気付くことなく、さっきと変わらない歩調で歩いている。
その横顔になんだかものすごく魅かれてしまって目が離せないでいると、水谷のニヤけ顔が視界の隅にうつった。
「栄口もしかして黒瀬さんのこと…」
「え?ち、違うよ!なんでそーなるんだよ!」
「えー?なんの話ー?」
慌てて否定すると、さっきまで別の話で盛り上がっていた他の面々までもが興味津々に寄ってきた。水谷が楽しそうに田島に何か説明している。うわ、これ絶対収拾つかなくなるぞ。
「で?本当のところどうなんだよ?」
「違う違う!泉まで面白がんなよなー」
だいたい、彼女付き合ってる人いるっぽいし。
そうぽつりと言ったオレの言葉にまわりは「ええ!?」と驚きの声をあげた。「失恋かー」とか勝手なことを言っている水谷に「だから違うって」と苦笑する。どうあってもオレが黒瀬のことを好きでいて欲しいらしい。
「なんで?聞いたの?」
「いや、野球詳しいねって言ったら『身近な人が野球好きなんだ』って…」
じゃあ彼氏かどうか分かんねーじゃん。
そう言った田島の言葉にそりゃそーなんだけど、と曖昧な返事をする。だって、それを言った時の彼女の顔はひどく優しくて。根拠は全くないんだけど、それ以外考えられないんじゃないかなあ。
ただ1つ。気になったのは彼女の言い方が過去形だったこと。
まるでその人が今は居ないみたいに。
080917