09


「咲さ、最近栄口くんと仲いいよね」

帰宅しようと教科書を鞄に突っ込んでいる最中、喋りはするけど特別仲がいいわけでもない友だちに話しかけられた。

「そう、かな」
「そうだよ〜。栄口くんのお母さんの話とかまでしてんじゃん?うちらそんなん話せないもん」
「だよねーやっぱ気ィ遣うし」

少し笑いながら言う彼女たちの会話を聞きながら、母親の話を出すと遠慮されるのが少し寂しい、と言った栄口の言葉を思い出した。そうか、こういうことなのか。

「でさ、どうなの?実際?」
「? なにが?」
「付き合ってんの?」
「誰と誰が?」
「あんたと栄口くん!」
「・・・ないない。絶対ない」

手を横に振りながら否定すると、面白くないと言わんばかりに彼女たちは肩を落とした。分かりやすい。

「じゃ、あたし狙っちゃおっかなー」

ケタケタ笑いながら会話を続ける彼女たちに「じゃあ」と声をかけて急いで教室を飛び出した。

下校中の生徒がまばらに見える帰り道を重い足取りで進む。なんだかひどく気分が悪い。胸がズキズキする。

───じゃ、あたし狙っちゃおっかなー

先ほどの彼女のセリフが頭の中に流れた時、もう一度胸がチクリと痛んだ。


この胸の痛みはもう2度と味わうことはないと思っていたのに。


090615