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午後の授業を軽く受け終え、大学入学と同時に始めたバイト先にノロノロと向かう。平日のレンタルショップ屋はお客の数も少なく、わりとヒマだ。近くに大きな大学が2つあるため、来るお客も大学生が多い。

「いらっしゃいませーこんばんはー」

扉が開く音を聞いて機械的に声をあげる。視線を向けるとよく見慣れたオリンピック色のピアスが見えた。ピアスの主はちらりとこちらを一瞥した後そのまま洋楽コーナーへと消えていった。
しばらく経ったあと、彼はCDを3枚持ってやってきた。

「今日シフト入っとったんやな」
「うん。あ、もう1枚借りた方が安くなるけど」
「と思って探したけどええのなかってん。そない値段も変わらんやろしこれでええわ」
「リッチ〜。無理矢理にでも借りた方が安くなるのに〜」
「うっさいわ。はよ会計せえ」
「はいはい、カード出してくださーい」

不機嫌そうな顔で彼は財布を開く。ゴソゴソと中を見ると、より一層不機嫌さに凄みが増した。

「あかんカード忘れた」
「ではお貸しすることはできませーん」
「言い方腹立つなお前」

カウンター越しに睨んでくる光くんに一瞬たじろぐ。いや、そんな怖い顔してもマニュアルだから。しょせんわたしも雇われの身だから。会社のマニュアルには逆らえないから。そんな思考を巡らしていると光くんの背後から「財前…?」と声がかかった。視線を光くんの後ろへずらすとふわふわした金色を頭に携えたお兄さんが立っていた。

「財前やん!奇遇やなあ!なに?なんなん?もめてるん?」
「うわ。めんどい人がきたわ…」
「誰がめんどい人やねん!コナン返却しに来たらなんかもめてるから助けたろ思たんやないか!おねーさん、こいつ何したん?」
「カード忘れたからレンタル出来ないって言ってるのに言うこと聞いてくれないんですぅ」

わざとらしく語尾を伸ばして言うと光くんがこちらに向き直って再度睨んできた。お顔がキレイな人に睨まれるとたまったもんじゃない。そうでない人に睨まれるより相当威力が高い、気がする。

「そんなら俺のカード貸したるやん。俺の目の前で借りたら問題ないやろ?」
「ハイ。ただ延滞した時とかあなたに連絡させていただきますけどよろしいですか?」
「かまへんかまへん。延滞せんかったらええっちゅー話や」

信じてるで、財前!と言って光くんの背中を叩くこの人の笑い声には覚えがあった。たぶんどこかで聞いたことがある声。記憶を辿るが思い当たらない。
金髪のお兄さんからカードを受け取りレジに読み取らせる。画面に表示される個人情報。忍足 謙也。20歳。これでオシタリって読むんだ、と妙に感心しながらカードを返す。

「よかったなあ〜俺がたまたまここに来て!感謝してくれてもええねんで」
「絶対長期延滞したろ、ほんでカード止まったらええねん」
「おい!なんでやねん!」
「ほなな、名前。また明日。」

隣で騒ぐ忍足さんの言うことは無視しながら光くんはわたしに手を振って店を出て行った。





ガサガサとコンビニの袋を鳴らしながら家路につく。新しい味の春雨ヌードルが出ていたので今日の晩ご飯はそれだ。オートロックを慣れた手つきで解除して、エレベーターに向かう。6階に止まっていたエレベーターはボタンを押してから時間をかけてようやく到着し、扉を開いた。6の文字を押す。独特な重力を与えながらエレベーターは上っていく。
エレベーターの扉が開き、廊下を進んでいくと我が家の前に人影が見えた。いや、正確には我が家の隣?
近づくにつれ鮮明になるそのシルエットは見覚えがある。さっき会ったばかりの

「忍足さん…?」

わたしの声かけにスマホを見ていた忍足さんが勢いよく顔をあげた。それと一緒に金色が揺れる。

「あ、ツタヤの…」

そうか。唐突に合点がいった。光くんの背中を叩きながら笑った忍足さんの声は、以前白石さんの部屋から聞こえた笑い声と同じだ。


170429