02

「あ、光くん」
「なんや、名前か」

翌日。隣人の顔と名前、大学が同じこと、そして学年を知ったからと言ってわたしの日常が変わる理由は微塵もなくて、いつも通りの朝が来た。
適度な時間に起きて、授業ぎりぎりの時間に家を出て、ふと隣の部屋の表札の文字を見て、寝る頃になると騒がしさが静まっていたことを思い出した。うるさない?と聞いてきた白石さんの顔を思いだして、やはり彼はまわりに気を使える人なのだろうと思った。
そんなわけでダラダラ授業を受け終えて、お昼ごはんを食べようと食堂に来ると光くんがいた。


「なんやはないんじゃない。あ、ここあいてる?一緒に食べていい?」
「好きにし」

光くんは学部も一緒、取っている授業もよくかぶる、音楽の趣味も合うのでわたしの数少ない仲の良い友人である。おそらく、彼もわたしと一緒であまり友だちが多い方ではない、と思う。決して悪い人ではないんだけれど、自分の気持ちとか、考えを伝えるのが少し苦手なのと思う。その性格が由来してか、彼が人と一緒にいるところをあまり見たことがない。さっきから推測ばかりなのはわたしも光くんのことを特別理解しているわけではないからである。

「光くんさ、最近全然サークル来ないよね」
「あんまり行く気ならんねん。最近暑いし」
「確かにそろそろ暑くなってきたねえ。ま、気が向いたら来てよ。光くん目当てで入った後輩たちががっかりしてたよ」

彼は結構目立つ。中学生の頃からあいていたという噂のカラフルな5色のピアスだとか、なかなかに整っている顔立ちだとか、あんまり真面目な活動をしていない我がサークルにおいて浮くほどにテニスが上手であるとか。まあ、色々な理由があるのだろうが。
そして、誘っておいてなんだが、わたしももうサークルにあまり顔を出す気はなかった。好きだった先輩がいるから積極的に参加はしていたものの、ふられてしまった今なんとなく気まずいし、先ほど光くんが言った通り、外でテニスをするには暑い季節になってきたためである。

「そういえばさ、わたし昨日初めて隣の部屋の人と喋ったんだけど」
「おん」
「ちょっとかっこよくてテンション上がっちゃった」
「ふぅん」

そらよかったなあ。
全く興味なさそうに呟いて、光くんは手にあるぜんざいをスプーンですくった。

「ここの大学の3回生なんだって」
「へえ。ほんならどっかで会っとるかもしれんなあ」
「そうなの!いい人そうだったし、会えたらいいよね」

笑いながら答えると心底どうでもいいというように、光くんはスプーンを口に運んだ。あ、そういえばあっこの新曲聴いた?と話題を変えると初めてスプーンを置いて、話に乗ってきてくれた。おそらく、さっきまでの話は本気でどうでもよかったのであろう。

「3コマ授業?」
「いや、空きコマ」
「だったら生協行こうよ」
「俺用事あんねん」
「用事?」
「…ま、人に物貰いに行くだけやから、ついでに生協行ってもええけど」
「じゃあ決まり!」
「俺の用事先にして。1時に来い言われてんねん」

そんなわけで、光くんについて行くと、薬学部、医学部の棟に着いた。この棟は専門の研究設備があるとかで、文学部であるわたしは今まで一歩も足を踏み入れる機会がなかったところだ。

「え?なに?光くん薬学か医学部に知り合いいんの?」

超意外なんですけど。
わたしが後ろでうろたえるのも無視して、光くんはずんずん進んでいく。
光くんが向かう先には本を見ながら立っている人がいた。あ、あれ?昨日会った人によく似ているような。

「白石部長。遅くなりました」
「おお、財前。俺はもう部長ちゃうで。と、あれ?後ろの子は…」
「あ、こいつは俺の知り合いで…」
「名字さんやん」
「え、あんたら知り合いですか?」

なんだ、この巡り合わせは。光くんが用事のある人というのは他でもない、昨日出会ったばかりの隣人であった。


140126