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2月15日(月)
早いものでここにきて今日で1ヶ月。もうここでの生活にもだいぶ慣れた。
今日は坂田と甘味処に行った。彼は甘いものが好きらしい。こんな日が続けばいいのに。とにかく葵屋のおしるこは絶品である。


やっと寒さが少しマシになってきた2月中頃。庭で手をかじかませながら洗濯をしている奈津が目に入った。最初は違和感があった存在も今となってはここの日常にすっかり溶け込んでいる。向こうはこちらの存在に気づかずに一心不乱に何かを洗っている。

「何洗ってんの。パンツ?おもらし?」
「変態。サイテー。死んで」

奈津は手を止めてジトリとこちらを睨んできた。最初は堅かった口調も砕けて今では死ね呼ばわりされるようにもなった。

「血が取れなくて」
「あ〜生理?そりゃ大変」
「ほんとサイテー。パンツからいい加減離れろよ」

見ると一生懸命洗っているのはいつも奈津が着ている服だった。

「んなもんまたすぐ汚れんだ。洗ったところで意味ねぇだろ」
「そうなんだけど。この服着てたら体にも臭いが染み付いちゃいそうで」

もう手遅れだろうと思ったが口には出さなかった。きっと俺らには血の、人殺しの匂いが染み付いちまってるだろう。俺らは殺してきたやつらの上に立ってる。死んで行った仲間も同様だ。
それでも奈津は一所懸命服を洗う。それはまだ彼女がヒトでありたいと抵抗しているようにも見えた。
そこでふと、奈津は思い出したように手を止めた。

「そういえば。銀ちゃんさっき桂さんが探してたよ」
「どうせたいしたことじゃねぇだろうよ。ンなもん無視だ無視」
「えぇ〜わたしが桂さんに怒られるじゃん」
「今から葵屋に行こうと思ってたんだが。お前もどうだ?」
「…! のった」

奈津は片方の口角をあげてにやりと笑った。きっとオレも同じ顔をしてると思う。


戦争の真っ直中にいるとは言っても、平和に時間が過ぎてゆく日もある。毎日がそんな日だったらいいんだろうけど、まあ今は戦争中なわけで、そもそも毎日が平和だったならそんなことを思いもしなかったわけで、と、終わりの見えない問答が始まるのも、やはり今が戦争中であることに起因するのだ。

「今が戦争中だなんて嘘みたいだよね」

おしるこの餅をすくいながら奈津は言う。そうだな。お前のその幸せそうなアホ面見てたら到底そうは思えねぇよ。けれど、今は戦争中なんだ。それを象徴するかのようにオレらの隣では刀がいやに存在感を放っている。

「銀ちゃんはさ、戦争が終わったら何かしたいこととかある?」
「んあ?あー…パフェをたらふく食いたい」
「そんだけ?それ、男が言ったらイタいよ」
「おま、男女差別はいかんよ」

ゆるやかな時間が流れる。遠くを見つめる奈津が何を考えているのかは分からないが、きっと未来のことを考えているのだろうと思った。たまにこの女は年齢不相応に大人びた顔をする時がある。

「お前は何がしたいんだよ」
「・・・んー。分かんない。ただ、みんな一緒に笑って過ごせたらいいなって思ってる」

彼女のなんてことはない小さな、けれどかなり実現困難な夢に「そうだな」と返す。『みんな』が、明日も生きているとは限らない。

「いつかお腹いっぱいに食べられたらいいね、パフェ」

ふふ、と笑った彼女の口元の空気が白く濁った。


090711