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9月15日(水)
わたしがここにきて8ヶ月。戦況は変わらず、こちらが有利。
もうそろそろ掃討作戦が始まるらしい。これで戦争の終焉が見えるかもしれない。


「月がキレイだね」

背後からかけられた声に振り返ると、髪を風に揺らしながら奈津が立っていた。左手には缶が2つ握られている。

「銀ちゃんてさ、空好きだよね」
「そうか?」
「いっつも空見てんじゃん」

ハイ、と缶を片方差し出してきたのでそれを受け取る。ひんやりとした水滴が掌を濡らした。
オレの隣に腰を下ろした彼女が缶のプルタブをひくと、プシュ、と独特の音がしてそれが酒であることを悟った。一体どこから手に入れてきたんだか。
2ヶ月前、奈津に抱いた違和感を探るため、出来るだけ戦場では彼女を見失わないように努めた。あれ以来、奈津に不審な動きは見られない。結果、あの違和感はただの杞憂だったと結論づけた。

「お前最近辰馬に似てきたな」
「え、嫌なんだけど」
「この酒、どこのどいつをたぶらかして持ってきたんだ」
「えへへ、秘密〜」

少し頬を上気させながら缶に口をつける奈津はそこらへんにいる年ごろの女と変わらない。変わるとすれば左隣に置いてある大きな刀の存在と、染み付いた血の匂い。

「ねぇ銀ちゃん」
「ん?」
「いつになったら戦争は終わるんだろうね」
「…さぁな。オレには分からねぇよ」
「そうだよね。銀ちゃんに分かるんだったらわたしが分からないハズないよね」
「なにそれ。バカにしてんの」

あはは、と奈津は肩を揺らして笑った。

「ねぇ銀ちゃん」
「今度はなんだ?」
「怖いと思ったことはない?」
「………」
「わたしは怖いよ。ボロボロになってくみんなを見てたらすごく怖い」

そっと彼女の手が伸びてきて、オレの腕に巻いてある包帯に触れた。今日、少し斬られた箇所だ。「すごく怖かったよ」肩を震わせながら呟いた奈津は酒が入っているからなのかひどく感傷的だった。

「みんなが傷つかない方法ってないのかなあ」

ぼそりと呟いた奈津の言葉の答えが俺には分からなくて、返事をしなかった。この時、何か気の利いた答えを返せていたなら、今でもお前は俺の日常にいたのかもしれないのに。


170522