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4月3日(土)
寒さもだいぶマシになってきた。ここに来て3ヶ月。戦況は変わらない。
潜伏先の近くに大きな桜が咲いていた。それを肴にみんなでささやかなお花見をした。来年も見れるといいのだけれど。


「撤収!逃げる者は放っておけ!」

ヅラの声が響き、各々踵を返していく。果たして今回は何人生き延びたのだろう。

「銀ちゃん!こっち!」

声がした方に視線を向ける。奈津の姿を見て安堵する。彼女は今回も生き延びたようだ。頭からペンキでも被ったかのように奈津の小さな体は真っ赤になっていた。

「お前、それ大丈夫か?」
「ん?ああ、これわたしの血じゃないよ。大丈夫」
「一緒にいたやつらは?」
「佐藤さんと中村さんは…」
「そうか」

重苦しい沈黙が俺たちの間に流れる。手練れと言われてきた中村も死んだのか。慣れたつもりだったが、人の死、ましてやずっとつるんできた連中のそれは心に重い鉛を落としてくる。
ヅラによると全体の戦況としてはあまりよろしくないらしい。目の前のことに精一杯で俺はあんまり考えたことはなかったけれど。


ボロい家に帰ってきた。ここを隠れ家にしだして1ヶ月ほど。おそらく、そろそろ次の場所へ移動する頃合いだろう。
そこに、集まったやつらは出陣前と比べて半分ほどに減っていた。

「残ったのはこれだけか…」

残っている奴らのツラを1人1人見渡していく。その中には高杉と辰馬の顔もあった。生き残ったとは言ってもみんなどこかしらに怪我を負っている。全くの無傷なんてやつはいない。

「もうすぐ本格的な戦争に突入する。攘夷志士掃討作戦が決行される動きが見られているらしい。今みたいにアジトに帰る暇もなくなると思うので、みな覚悟しておくように」

ヅラの声が響いた。ついに本格的な戦争が始まる。各々が唾をのむ音が聞こえる。それは隣にいる女も同様だった。

「なんだお前、今さらビビってんのか」
「違うよ。自分が死ぬのは怖くない、けど」
「けど?」
「仲間が死ぬのが怖いの」

顔にかかった血をぬぐいながら奈津は言った。「もう殺したくない。」ほとんど聞こえないぐらいの小さな声で彼女が呟いた言葉は不思議と俺の耳にはっきりと届いた。

あの人を救うために起こしたこの戦争は今では抱えるものが増えていき、今度は他人を傷つけている。果たしてこの戦争には意味があるのだろうか。未来はどこにつながっていくのだろうか。傷つく仲間や彼女を見て自分に問うがその答えは見つからない。

「桜だ…」

今の状況に噛み合わない単語が聞こえて、奈津に一斉に視線が集中する。彼女の手のひらには桜の花びらが。どうやら開いている扉から入ってきたようだ。窓の外には大きな桜の木が見える。

「お花見しようよ」
「酒もろくな食いもんもねぇのにか」
「気持ちの問題だよ。出陣前の最後のパーティーじゃん。ねえ、桂さん。いいでしょ?」
「…あまり騒ぎにならんようにな」
「くだらねぇ。俺はパスだ」
「晋助は最初から誘ってないからいいよ」
「テメェ!んでお前はいつもいつも俺につっかかってくんだよ!」
「そっちがつっかかってくるんじゃん!」

いつもの事ながら取っ組み合いを始めた2人を尻目に桜を眺めた。この戦いが始まった時は雪がちらつく寒い時期だった。それが今では桜の花びら舞う季節になっている。未来はどこにつながっているのか。考えてもわからない。けれど、確かに過去は今につながっている。

「酒と肴ならあるぜよ!」

どこから手に入れてきたのか分からないが、辰馬が酒を持ってやってきた。いよいよ本格的な花見が始まるらしい。
輪の中で笑う奈津を見て、この戦争が終わったらせめて手の届く範囲では傷つくやつがいないように剣を振ろう、そう決意したのを彼女は知っていただろうか。


170504


佐藤さんと中村さんごめんなさい…