グラウンドから運動部の声と鐘の音が聞こえる。不思議な組み合わせなはずなのに聞き慣れているのはもうこの学校に通って3年が経つからか。

「謙也、はよ日誌書いてや」
「俺かてはよ書きたいんやけどな、今日の授業内容が思い出されへんねん」
「そんなんテキトーでええやん」

1日の感想欄には「今日もスピーディーな1日を送った!」なんてアホみたいなこと書いとるくせに、変なところは真面目。そんなところも好き、なんやけど。

「謙也、××大行くんやんな」
「せやで。仲ええ奴ら結構××大行くやつ多いから新鮮さないわ。名前は◯◯大やっけ?」
「せやねん。知ってる子おらんから不安でしゃーないわ」

机にパタンと顔を伏せると「かわいそうに」と言いながら謙也の大きな手があたしの頭に触れた。反射的に顔をあげたあたしにびっくりしたのかすぐに謙也は手を引っ込めた。

「すまん。そんなびっくりすると思わんで」
「いや、ええねんけど。あんまり軽々しく女の子の頭とか触らんほうがええよ」
「あーせやんな。嫌やんな。気ぃつけるわ」

ちゃうし。ほんま分かってないよなあこのアホは。白石の陰には隠れてもうてるけど、十分人気者の謙也に頭ぽんぽんされて落ちる女子は何人おると思うてんねん。あんたのその誰にでも優しくて、壁を感じさせない性格はその気がなくてもその辺の女ぽんぽん釣っていっとんねん。アホやから本人は気付いとらんけど。そしてそこまで分かっとるのに、簡単にそれに釣られたあたしも謙也に負けず劣らずのアホや。

「名前おらんくなったら寂しなるなあ」
「そんなん言わんとってや。こっちまで寂しなるわ」

ほら。その気ないくせに簡単に期待させるようなこというやん。何度この甘い言葉に騙されたことか。もう騙されへん。あたしは謙也と違う大学に行って、また新しい恋をするんや。アホな謙也とはオサラバするんや。

パタパタと廊下を走る音が聞こえる。教室の入り口に目を向けると可愛らしい女の子が立っていた。謙也を通じて顔見知りになったその子は笑顔でわたしに手を振ってきた。

「ほら、お迎え来たで」
「もうそんな時間か!まだ日誌書けとらんわ!」

謙也が中学からずっと付き合っている子。何度あの位置に立っているのが自分やったら、って考えたやろうか。

「あとあたし書いとくから行きや。彼女待たせたら悪いやろ?」
「何言うとんねん、日直は俺らやろ?2人で仕事せな」

彼女の方に歩み寄っていって日誌を書き終えるまで待つよう伝えたあと、謙也はあたしの元へ戻って来た。あの子よりも自分を選んでくれたみたいで嬉しい。あたしがそんな醜い思いを隠してるなんて謙也は知らんやろ、アホやから。ちらりと部屋の入り口に立っている子へ視線を向けるとどうぞどうぞと笑いながらジェスチャーしてきた。彼女もアホなんかな。

「名前、はよここの欄書いてや」
「あたしも今日授業何やったか思い出されへんねん」
「お前さっきテキトーでええとか言うとったやん」
「いざ書き出すとな、あかんわ」

ん〜と思い出すふりをしながらわたしは頭を空っぽにした。日誌なんてクソくらえやわ。一生書き終わらんかったらええのに。
謙也も、あの子も、あたしも、揃いも揃ってみんなアホばっかりや。

170428