無機質な扉に手をかけてそれを開けた向こうには夕日に赤く照らされた彼女がいた。一瞬視線が重なった気がしたけれど、すぐに彼女は手元にある本に視線を落とした。


「なんで残ってんの?」
「・・・・・・・一緒に帰る人待ってんの」
「ふーん」


自分で聞いておきながら興味のないふりをして、自分の机の中に手をつっこむ。ぐしゃぐしゃになったプリントがでてきた。


「なぁ」
「なに?」
「お前が待ってんのって彼氏?」
「・・・・・そうだけど」


あんたには関係ないでしょ。声に出して言われたわけじゃない、けど視線がそう言っているのを確かにオレは聞いた。実際、オレにはもう関係のないことなのだ。彼女との間に繋がっていた糸はもう1ヶ月以上も前に切れてしまっている。

かさり、と本のページをめくる音が2人しかいない静かな部屋に響いた。彼女の視線はまっすぐに本に注がれている。少し、ほんの少しでいいからその視線を自分の方に向けて欲しい。そう思ったら、自然と体が動いていた。


「・・・・・腕、痛いんだけど」
「オレさぁ」
「ちょっと腕離してよ」
「まだ」
「痛いって」
「お前のこと」
「離してってば!」


叫んだ彼女を制止するように腕をぐいっと引っ張った。半ば倒れこむようにオレの胸にぶつかった彼女を逃がさないように両腕で包み込む。


「好きなんだよ」
「島崎、離して」
「お前のこと、忘れらんねぇんだよ」
「お願い、離してよ」
「今の彼氏に見られたら、困る?」
「・・・・・・」


少し震えながら言う彼女を見て自分の中の加虐心に火がつくのを感じた。こんな時、自分の性格の悪さを自覚する。が、どうしようもない。18年で培った性分を今更直せるとは思わない。


「離せって言う割に抵抗しねぇじゃん」
「・・・・・」
「なあ、オレはまだお前のこと好きなんだよ」
「・・・・今さら、だよ」
「・・・・・」
「あたし、今彼氏いるもん」
「・・・・・」
「なんで、今になって言うの。もう、手遅れだよ」
「本当に?」
「・・・え」
「本当に、手遅れ?」


彼女の表情が少し陰った。けれどそれに気付かないふりをして、オレはもう一度問う。「本当に手遅れなのか?」さっきまで本に注がれていた視線は今まっすぐにオレの目を見てる。やっと、オレの方を見てくれた。


「慎吾、あたし」


久しぶりに彼女の口から出てきた自分の名前に得も言われぬ心地よさを感じながら、震える彼女の口を声にならなかった言葉ごと塞いだ。

090628

それでは堕ちましょう/エッベルツ