とんだ悲劇の幕開けだ
あなたはあたしの憧れの人だった。そんなあなたとついに禁忌を犯した。床に散らばっている服を拾い上げて袖を通す。まだベッドの上にいる彼が目を覚ました。
「もう帰るのか?」
「あんまり遅くなるとお母さんが心配するから。」
「そうだな。送ろうか?」
「大丈夫。誰かに見られたらまずいし。」
「わかった。気を付けろよ。」
「うん。」
玄関で靴を履いていると彼に後ろから抱き締められた。少しして身体を正面に向けられた。抱き締める力が強まる。
「名前、愛してる。」
「うん。」
そして彼の部屋を出る。外はもうすっかり暗くなっていた。自分の家が近づくにつれ胸の中にあった強い感情がだんだん薄れていき、家に着いた頃にはすっかりなくなってしまっていた。
「おはよう。」
「おはようございます。」
朝、校門の前で彼にあった。彼はこの学校の数学教師である。そしてあたしは生徒。彼の授業を受けるにつれだんだん彼に惹かれていった。彼に好かれようと大嫌いだった数学を一生懸命勉強した。放課後勉強を教えてほしいと度々会いにいった。そして彼に想いを伝え、昨日遂に結ばれた。それだけ。今となってはそれだけなのだ。あたしの中で昨日までのことは全てただの思い出になってしまった。あの想いは昨日で終わったのだ。これから先には持っていかない。あたしは別の未来を生きる。あなたとは一緒には進まない。別に嫌いになった訳じゃない。でも昨日までのあの強い想いはなくなってしまった。理由はわからない。昨日の行為の内容云々とかではない。やっぱりあなたはあたしの憧れだったのだ。手に入ってしまったら憧れは憧れではなくなった、それだけのことなのだろう。こんなに呆気ないものだなんて思わなかった。
教室に入り窓際の自分の席に座る。さっき通ってきた校門に目を向けると彼が次々に登校してくる生徒たちと笑顔で挨拶を交わしている。あたしは溜め息を一つ溢し、今日提出しなければならない数学の課題に手をつけた。
title:スイミー
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