「お邪魔します。」
名前さんが初めて俺の家に遊びに来た。まだ付き合いたてで部屋に二人きりになる状況になったことがない。正直何を話したらいいのかわからないし緊張もする。だから俺は名前さんが家に来たいと言い出した時、何かと理由をつけて断っていた。しかしこれ以上つける理由がなくなったのとあまりにも俺が拒否するので名前さんが不審に思いだしてきたのでもう無理だと観念して今日に至る。
「好きにくつろいでいてください。飲み物を取ってきます。」
「わかった。」
飲み物を持って部屋に戻ると名前さんは畳に座り、感心したような表情で部屋を見渡していた。俺は飲み物を机の上に置く。
「日吉っぽい部屋だね。」
「そうですか?」
「品がよくて落ち着いてて無駄のない感じ。」
名前さんは俺をそういう風に思っていたのかと直接ではないが俺自身を褒められたようで嬉しく思う。
「日吉は休みの日は何してるの?」
「そうですね。勉強をしたり本を読んだりですかね。」
「うわー真面目。」
「悪いですか。じゃあ名前さんは何してるんですか。」
「あたしは買い物したりDVD観たり漫画読んだりかな。」
「普通ですね。」
「普通で悪かったわね。でもだいたいみんなこんな感じでしょ。」
「まぁそうですね。」
と、ここまではよかったのだがどうにも話が続かない。少し会話しては沈黙。名前さんはそんな風には見えないが俺は沈黙に耐えられず話題を探すのに必死だ。
「あのさ…」
「何ですか?」
名前さんが沈黙を破ってくれて内心ホッとする。
「どうしてなかなか日吉の家にお邪魔させてくれなかったの?」
「……。」
一番嫌な所を突かれてしまった。まぁ名前さんとしては気になるだろうな。普段おしゃべりな彼女が今日は口数が少なかったのもこの話をいつ持ち出すか迷っていたからだろう。
「もちろんご家族の都合とかあるからわかるけど、あたしが遊びに行きたいって言うたびに日吉なんか焦って無理矢理理由探してるように見えたから気になって。」
自分ではポーカーフェイスを貫いていたつもりだったけどこの人にはなんでもお見通しなんですね。
「違いますよ。単に都合が合わなかっただけです。」
「そっか。それならいいんだけど。」
口ではそう言ってもどこか納得いってない様子だ。彼女を悩ませて不安にさせていると思うとなんだか申し訳なくなってきた。このままモヤモヤした感じでいるのはお互い辛い。俺は深呼吸を一つした。
「違うんです。本当は都合が悪かったわけではなく、名前さんのおっしゃる通り無理矢理理由探してました。」
「えっ。」
途端に名前さんの顔が不安で一杯になる。
「お恥ずかしい話ですが名前さんと一緒だとどうにも緊張してしまって。正直二人きりになるのが怖かったんです。」
言ってしまった。彼女の不安を拭うためとはいえかっこ悪過ぎる。情けない男だと引かれたかも。
「なんだそんなことかー。はぁ、安心した。」
さっきの不安顔から彼女らしいいつもの明るい顔に戻った。
「幻滅してないですか?」
「するわけないじゃん。むしろ嬉しいよ。そんなに意識してくれてるなんて。」
よかった。これで嫌になられたらどうしようかと心臓バクバクだった。俺もまだまだ修行が足りないな。名前さんを見るととても嬉しそうに笑っていた。その顔を見ているとこっちまで嬉しくなる。彼女の笑顔には周りを幸せにする力があると思う。
「そっかそっか。そういうことか。ふふっ。」
「そんなに嬉しいんですか。」
「嬉しいよ。明日忍足に話してやろー。」
「恥ずかしいのでやめてください。」
「やだねー。あたしを不安にさせた罰だ。忍足に弄られるといいよ。」
やれやれめんどくさいことになるな。あの人のことだからネチネチくるんだろうな。まぁしょうがない。俺のせいだ。罰を受けることにしよう。
20140922
照れ屋な男が続いてますね。
title:夜に融け出すキリン町
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