〔47〕

サニー号から、先程までいた島を眺めるリイム。小さな船でローと二人、何の目的も知らぬまま訪れたその時は
島から離れる時には13人になっていて、しかも見知りのルフィの船に乗るなんて想像も出来なかった。
穏やかな空は、ぐちゃぐちゃとした心を落ち着かせる様に思えたが、嵐の前の静けさとはこの事だろうか、とも思った。
「リイムさぁぁぁ〜ん!何か飲みますか!」
「あ、そうね…後でお願いしようかしら」
「何時でも言って下さぁぁぁい!」
「ありがとう」
いつも通りなのか、気を使ってくれているのか…どちらなのだろうかと考えた所で、何か変わるわけでもない。
船を見渡せば、新しい船、サニー号は随分とクルーの居心地のよさそうな船の様で。
今立っている甲板も芝生で覆われており、先程外からも見えたのだが、ナミのみかん畑もある様だ。
先程コートをかけに女部屋に入らせてもらったのだが、想像よりも広く、ティーセットまで置いてあった。
他にも大浴場に、図書館やジム、まるで水族館のような空間でまったりお酒も飲めるアクアリウムバーなんてものもあるらしい。
少しだけ、羨ましいなんて思いつつ、これなら道中楽しめそうだ、と思っていれば電伝虫を取り出したローに気付く。
「…外したほうがいいかしら?」
「いやいい、むしろお前も聞いてろ…」
「そう」
聞いてろと言うからには恐らく、シーザーの取引相手…ドフラミンゴだろう。リイムはそのまま、ローの隣でその動向を見守る。
「…っ………しょう!ローの奴本当に裏切りやがった!」
「すまぬだすやん!死んで詫びたい…!!」
電伝虫の向こうから、先程ヨットで海に流した頭だけのバッファローとベビー5の音声が聞こえてくる。
内容からすると、既にそこには第三者…ドフラミンゴであろう人物がいるのだろう。
「ウチのタンカーの救命ヨットじゃねェか…」
「面目ねェだすやん…!結局あの後!」
「いいさ、何も言うな…」
「……!」
聞こえてきたその声に、リイムは思わずローを見れば、一瞬ニヤリと笑ったようにも見えたローはついにその口を開く。
「………こりゃ驚いた…ボスが直々にお出座しとは…」
「ローか……久しぶりだってのに中々会えねェもんだな」
「お探しのシーザーなら俺と一緒にいる」
そうローは言うと、気絶してるのか寝ているのか分からないが意識のないシーザーを思いっきり足蹴にして電伝虫を向ける。
「いっでェ!!……!!ジョ、ジョーカー〜〜〜!助けてぐれェ!」
「ベビー5とバッファローの体はどこにある?」
「さァな…余計な質問はするな…取引をしよう」
「フッ…フッフッフッフッフッフ!!おいロー頭を冷やせ、ガキが大人のマネ事をするんじゃねェ!!…リイム、お前なら分かるだろう?ローを止めるんだ」
「……」
どうして私に話を振るんだ、とリイムは大きくため息をつく。
「……本当にお前ら…今どこにいるんだ!?俺を怒らせるな…!!」
徐々に声色が変わるドフラミンゴにも臆することなくローは話を続ける。
「怒らせる?お前にとって今一番大切な取引相手は四皇の一人…大海賊“百獣のカイドウ”…お前の方こそこの男だけは怒らせる訳にはいかねェはずだ!」
「…………っ!!」
「お前がSMILEをもう作れないと奴に知れたらどうなる…話し合いの通じる男じゃない、激しい戦いになるだろう…お前は、消される」
またえらく挑発するわね、とリイムは会話を聞き続ける。どこかに、何かのヒントがないものかと考えながら。
「オイ!冗談が過ぎるぞロー…!!どうすりゃシーザーを返す?さっさと条件を言え!」
「“王下七武海”を辞めろ!!!」
「…………!!」
しばらく黙り込んだのか、電伝虫からは、後ろで喚くバッファローとベビー5の声しか聞こえてこない。
「何ちゅう小僧だすやん!!」
「もうドレスローザにいられなくなるわ!!」
「十年で築き上げた地位を全て捨て、一海賊に戻るだけだ…ただしそうなれば、今度は海軍本部の大将達がお前を逃がさない…
リミットは、明日の朝刊…お前の七武海脱退が報じられていればこっちからまた、連絡する」
まさか、取引でドフラミンゴを七武海から引きずり下ろすとは想像していなかったリイム。
辞めれば当然ローが言った通り、海軍も黙っていないだろうし、ドレスローザの王位になどついていられる訳もなく、一気に混乱が起こるだろう。
確かシーザーを誘拐する事で混乱を起こす、と言っていたが…これがそうなのか、それともまだ、その混乱のための序章に過ぎないのだろうか…
辞めなければシーザーはもう戻らずSMILEを作る手立てがなくなり、カイドウの怒りを直接買う事になるのだろう。
どちらにせよもう身動き出来ない状況なのは確かだが、ドフラミンゴは果たして、条件をすんなりと飲むのだろうかと、電伝虫を持つローを見つめる。
「何も無ければ、交渉は……決裂だ!!………じゃあな」
「おい待てロー!」
焦ったドフラミンゴの声が電伝虫から聞こえてきたが、ローは構わずにぶつりと切ってしまった。
「…と、いう事だ」
「概ね理解はしたわ…取引が成立した場合、その後はどうするの?」
「重要なのは取引だけじゃねェ…SMILEの製造工場を破壊しねェと」
「…人造の動物系悪魔の実ね、その材料を製造していたのがシーザー…それに加えて工場を断てば…」
「あァ、ドフラミンゴもだが、カイドウにとってもかなりの痛手のはず…」
リイムは淡々とそう話すローに、思わずフッと笑みをこぼす。
「……何笑ってやがる」
「フフっ、だってローったら、さらっととんでもない事言ってるんだもの」
「それをそうやって笑ってるお前もよっぽどだと思うが」
「そうかしら?」
「イカレ具合じゃ俺よりお前の方が上だ」
「何よそれ、失礼しちゃう…心臓百個届けちゃう人に言われたくないわ」
「うちの船が沈んだら俺らの勝ちとか言い出す女だぞ」
「お酒の席での話じゃない…それにいつの話よそれ」
「……俺らが2回目に顔を合わせた時だな」
「よく覚えてるわね、あの時は若かったわ…」
「言う程昔じゃねェだろうが」
晴れ渡った空を眺めながら思わず思い出したあの頃に、二人はぽつりぽつりと言葉をこぼし始めた。

「ほぼ初対面の賞金首に、俺の船に乗るか?なんて、普通言わないわ」
「どうせシャボンディに行くのにどっかの船に乗ろうと思ってたんだろう?」
「まぁ…そうなんだけれど」
「それならなんの問題もねェだろ」
「それに!」
「…まだ何かあんのか」
「ローのせいで私我侭になったのよ」
「それは元々だろ」
「違うわ」
あの頃の私は、もっと自分に素直に、本能に忠実に生きていたんだろう。よく言えば、今は随分と大人になったのかもしれない。
それは多分、ローにも少なからずあると思う。だから今、何だか出会った頃の話をする彼を見ていると
少しだけあの頃に戻ったようなそんな感覚すら覚える…今でも私達は私達、なのだけれど、とリイムは思う。
「ケガしてんのに勝手にふらついた挙げ句酒飲んで酔っ払って」
「少しなら体にいいのよ、むしろ」
「アレのどこが少しだ」
「それを言うなら!ローだって飲み過ぎて、帰って来た私に絡んできたじゃない」
「あれはてめェを心配してだな………」
「…フフっ」
そういえば、あれがローとの初めてのキスだったわ、と思い出し、何だか自分自身の事なのに微笑ましく思えたリイムはクスクスと口を抑えながら笑う。
「思い出し笑いか?」
「だって、あの日の私達ただの酔っ払いだったじゃない……っ」
「さっき自分で少しと言ってなかったか?」
「何が?」
「……まァ、お前は今でも充分じゃじゃ馬だよ」
その言葉の直後、リイムの額にぺちんと衝撃が走り、デコピンされたのだと気付く。
「…もう!ローの方がよっぽどだわ!」
人の事を散々言った挙げ句デコピンとは、と思うと、リイムはすっと背伸びをしてローの頬に手を添える。
「……」
真っ直ぐローの目を見たまま、顔を近づけるリイムに、ローも何の話をしていたかも忘れる程、その瞳から目が逸らせないでいた。
あと少しで唇が触れる、その瞬間にリイムは添えていた手に思いっきり力を入れていつかやられた様に頬をむぎゅっと挟んだ。
「ぐっ……!!…ほい、はらへ」
口がまるで鳥の様に突き出て、あっという間にお間抜け顔の出来上がりだ。
「っ…フフっ……っ、その顔…すごく面白いわ、ロー」
「へめェ……」
「あら、少し海面の様子が変ね…」
思っていたより力の入っていた手が頬から外れ、ローは少しだけジンジンとしている自分の頬を擦る。
ふわりと離れて行ったリイムの背中を見つめて、少しだけ鼓動の早まっている心臓に大きくため息をつくと、階段を登るリイムの後を歩いて行った。
先程より見晴らしも良く、海を見渡せば、恐らくそろそろ海坂にさしかかろうとしている様だ。
気付けばローも隣に立っており、それに気付いたリイムは誰にも気付かれないように俯いてひっそりと微笑む。
「…気分でも悪くなったか?」
「いいえ、全く」
「……?」
「いい風ね、気持ちいいわ」
少しずつ船の速度が上がり、んーっとリイムは伸びをする。ローも隣でそんなリイムを見ていれば、少しずつ船内も賑やかになってくる。
「うっひょぉぉぉ〜〜〜」と声がしたかとおもえば、ルフィは船についているライオンと思わしき…メリー号で言えば羊の頭にあたる部分へと飛び乗る。
「なんか坂道になってねェか!?この海〜〜〜!!速ェ〜〜船が速ェ〜〜〜!!!」
楽しそうに騒ぎ出したルフィに、ウソップやゾロも階段を登ってくる。
「…坂だな」
「大丈夫かこれぇぇぇ!?」
冷静に海を見つめるゾロに、いつもの様にあたふたとし始めるウソップ。
「…“海坂”だ、よくある」
「ねェよ!!おいリイム!何だよこれ!」
「海坂、よ」
「マジかよぉぉぉ」
同じ質問をしてきたウソップに、そんなにローの言う事が信用ならないかしらと思いながらも仕方ないかしらね、とローを見る。
「おーいナミー!!どこだっけ今から行く場所ー!」
「ドレスローザって場所!この真ん中の指針を真っ直ぐ進まず、遠回りに辿れってさっきトラ男君が」
そんな話をしていれば、侍が反応する。
「ド、ドレスローザ!?」
「知ってんのかー?」
「拙者達…いや、拙者が行きたい島というのはまさにそこでござる!おぬしらもそこに用が!?」
「うん!たぶんな!…トラ男!リイム!さっき誰と喋ってたんだ?」
「ドフラミンゴだ」
しれっとそう言ったローに、再びウソップが口を広げて驚愕の声を上げる。
「ドフラミンゴォーー!!?七武海の!?一番ヤベェって奴だろそれェェェ!!!!」
「もう作戦は始まってる」
「…おいリイム、何だ作戦って」
「そういえば…ゾロは聞いてなかったものね」
「そうだー!作戦教えろ!!よしみんな集まれーーーっ!!」
そうしてばたばたと下へと下りて行ったルフィにリイムとローも続く。
「トラ男!説明よろしくな!!」
「…」
ローの背中をばしばしと叩きながらマストについているイスに座らせると、ルフィも隣に座り、ぞくぞくとその周りに全員が集まる。
リイムもそんなローを見ながら近くに腰を下ろせば、隣にゾロもどさっと座り込んだ。

「「同盟組んで四皇を倒す!!?」」
「四皇か!いいな、それ」
「やっぱりゾロはそう思う?」
「おいおい!よくねェよ!!」
驚きの声を上げるクルー達の中、一人リイムの隣の人物だけはニヤリと笑い、思わずリイムもうふふと笑う。
「待て待て、とにかくみんな落ち着け!ルフィ、知らねェ奴らに同盟の話を」
「よし!ウチとトラ男の海賊団で同盟を組んだぞ!仲良くやろう!!な!リイム!」
相変わらずローの背中をばんばんと叩きながら、しししと笑ってリイムを見たルフィ。
「そういう事だから、船長共々よろしくお願いするわね」
「ヨホホ…そうでした、リイムさんは今副船長をなさって…」
「ええ」
ニッコリと顔を傾けながら笑ったのだが、見慣れていない骸骨相手だったせいか上っ面だけの笑顔になってしまった様で、すぐさまウソップに盛大につっ込まれる。
「怖ェよ!リイムのその笑い怖ェよおおお!」
「……ウソップくん?」
「ッヒィィ!!は、反対の人ぉぉ!!」
ウソップに続いてはい!ハイッ!とナミとチョッパーの手が挙がるが、
冷静なブルックの「反対したらどうにかなるんですか?」の一言で反対派はしゅんとした表情を浮かべる。
「どうせルフィが決めたんだろ」
それまで話を聞いていたサンジがカツカツと歩いて来る。
「リイムさん、紅茶です」
「あら、ありがとう」
サンジはトレーからカップを取りリイムにそれを渡すと、ローの近くに寄る。
「忠告しとくがお前の思う同盟と、ルフィの考える同盟はたぶん少しズレてるぞ、気ィつけろ」
「………」
おそらく、何度目か分からないその言葉にローは言い返す言葉が出ない様で黙ったままだ。
サンジはふらりとリイムに向きを変えると、少ししゃがみ込んでリイムさん、と声をかける。
「…よかったんですか?リイムさんならルフィの思う同盟がどんなものか」
「承知の上、よ」
「…ならいいんです」
よっとサンジは立ち上がり、シーザーの方へと視線を向ける。
「…それにしても…ルフィが誘拐誘拐ってガラにもねェ事言ってたのはそういう事か…
この変な羊捕まえて料理してくれと言われてもさすがの俺も困る所だった……」
「…そうね、それはすごくマズそうだわ」
「だな」
サンジの言葉に一瞬シーザーを調理する所を思い浮かべ
それはないわねとゾロを見れば、俺もあんなモン食いたくねェよ、と笑う横顔に釣られてリイムも小さく笑みを浮かべた。




風浪

「………」
「トラ男!どした、腹減ったか!?」
「いや」
「そっかー、サンジが調理とかいうから腹減ったな」
「麦わら屋、まだ話は終っちゃいねェ」
「そうなのか、早く終らせて飯にしよう!」

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