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大仕事


 あの宴の騒ぎのあとはただただ嵐のような日々だった。
 ベポ達がホーキンス達に捕まったのだという話はローから聞いていた。そんなローはというと、色々と思うことがあってナミや侍達と別行動を取るのだと言い出した。何があってそうなったんだと思う反面、やはり万事うまくいく同盟なんて存在しないよな、なんて妙に納得してしまった。
 ベポ達のこともある。もう別行動するならばいっそリイムの存在をバラしてホーキンス側に潜入してはどうかと提案したけど「あいつらが捕まった直後でタイミングとしては悪すぎる。そのまま狂死郎一家にい続けろ」と却下された。
 さらには「あいつらのことはおれがどうにかする。仮におれに何があったとしても、お前は当日に鬼ヶ島にいることだけを考えろ。動くのは全部討ち入りのあとだ。作戦だけは生かす……それが同盟を組んだおれの義理だ。いいな」と、暗にお前は勝手に動いてくれるな、お前だけは作戦通りに動いてくれと釘を刺されてしまった。
 小紫の葬式では光月家に仕えた元大名、霜月康イエが丑三つ小僧として捕らえられ、小紫の殉死者として死刑された。見せしめのため光絵タニシで各地に映像が流れていたせいもあり小紫の葬式を越える騒動へと発展。花の都の入り口で警備を任されていた私が暴動が起こったと呼び戻されて現地へ向かえばゾロがすでに狂死郎とやり合っていた。
 誰かを傷つけることもなく狂死郎一家として立ち回るのは困難を極めた。途中どうにか狂死郎から離れ都から去ろうとするゾロを追いかけ、あえて思い切りぶっ飛ばしてもらいケガをしたふりをして事なきを得た。
 ただその後。ローに何か、もしもの事態なんてそうそうないと思っていたところにベポ達のかわりにローが掴まったのだと報告を受けた時には、念を押されまくっていた私でもさすがにホーキンスの所へ乗り込もうとした。でもローはベポ達に「討ち入りの後でならリイムが動くからどうにでもなる」と言い切って笑ったのだと聞かされた。
 そんなに絶対的な信頼をおかれてしまっては勝手に動けない、動きたい……いや、やっぱり動けない。でも船長が捕まってしまったなんて由々しき事態である。葛藤に苛まれているとベポが「アイア〜イ!! おれたちに任せて!」と私の目の前でいつにも増してキレキレな気合い十分の構えを取った。ペンギンは「もしかしたらリイムの仕事増やしちゃうかもだけどさ、おれ達でやれることはやってみるよ」と言いながら私の背中を叩いた。続けてシャチも「キャプテンもさ、ああ見えてリイムのこと超心配しててさぁ。リイムは強いから、何でもかんでも自分でどうにかしようとするからって。ま、おれらからしたらどっちもどっち。一緒だけどな〜」とベポとペンギンを一度見てから、もう一度私の方へと向き直しニカッと歯を見せながら笑った。
 私も気合いが入ったし、頼もしい手だなと、いい笑顔だなと、思った。ならばローのことはみんなに任せて私は私でローからの指示を全うしようじゃないかと奮起することができた。

 そして迎えた火祭りの日、討入り当日。私はついにこの日まで狂死朗一家の虎之進として過ごしきった。 
 ローが無事に脱出できたのだとの一報を受けてからはより慎重に動いた。当日まで潜伏すると言っていたロー達との接触を断ち、お互いの存在がバレるのを防ぐことはもちろん、ナミや錦えもん達とのやり取りも最小限に留めた。
 あとは夜になる前、いつ、どのタイミングで狂死朗の目を盗んで牢獄の侍達を逃がすか、だった。狂死郎に関しては気になる点はあるけれど、今日はそこじゃない。とにかく戦力を確保することが第一。そう考えていたところで狂死朗に声をかけられた。

「虎之進、少し話をしないかい」

 何やらあらたまった様子の狂死朗。いつもより少しだけ、強張った表情にも見える。まさか、最後の最後で無駄な緊張感というか、タイミングを探っていたことに気づかれてしまったのだろうか。平静を装い狂死朗の後を追い通された部屋へと入る。
 向かい合わせに座った私。ここで下手に警戒してはますます怪しまれるかもしれない。いつもどおりにぼんやりとしておかなくては。

「話ってのは一体……?」
「ひとつ、聞いておきたいことがある。アンタ、妖術を使えるんじゃないかい?」

 さて、これは試されているのか、それともすでに何か証拠を得ているということなんだろうか。「妖術?」ととぼけてみるけれど、狂死朗の目付きは依然鋭いままだ。

「あの日、小紫の葬式の日。何なら宴の日も使っていたと踏んでるんだが」

 葬儀の日。あの場でゾロと対等にやりあっていた狂死朗。まさか実力者だけあって能力の気配を察知していたのか。いや、ローが私が常に使っているのを知っているからこそ気付くレベルのはずだ。気付かれているはずはない……つまり、本当に能力を使えるかはわからないが私が怪しいという確証は得ているのだろう。そうでないと不気味すぎる――
 何と答えるのがベストだろうか。現状は狂死朗一家は都に残るのだという。それでも鬼ヶ島での騒ぎを聞きつけでもすれば一家も向かうことは十分考えられる。狂死朗達が出払ってから解放したところで出遅れ感は否めない。私のミッションはあと少しだというのに……ここで足止めを食らうことになるなんて。

「仮に拙者が妖術使いだったとして、親分に仕えるのに不都合でもありますか?」
「本当の実力の半分も見せていないだろう? 一体『誰の為』にここへやってきたのか。返答次第では不都合。今ここではっきりけじめをつけなけりゃァならん」
「いやいや、親分は拙者を買いかぶりすぎですよ! 親分についていくだけですって」

 私の言葉も無視して刀を構える狂死朗の鋭い瞳。本気を出していないこともバレているとなったらここまでか。下手に嘘をついても信じてもらえそうにない、それならば。

「ハァ……どうせやり合うことになるなら拙者も、ひとつだけ聞きたいことが」
「なんだい」
「……丑三つ小僧の正体」

 本当にわずかに、眉がピクリと動いたのを見逃さなかった。集中してたからこそ気づけた変化だ。彼が心からオロチに仕えているわけではない可能性。もしかしたら赤鞘の侍達の仲間である、まだ姿を見せていない人物である可能性はわずかにでもあるのではないか。

「本当に恐ろしい奴よ、アンタに隙を見せたつもりは微塵もなかったというのに……それにその顔は鎌をかけているってわけでもなさそうでござるな!!」

 来る。気配でわかる。丑三つ小僧であることを否定せず隠すつもりがないということは、狂死朗からすると都合が悪い、つまり私を今ここで消しにかかるということ。私のことを恐ろしい奴だと言ったけれど、そっちも得体が知れない化物のようだ。そう心の中で返しながらすぐに抜刀できるように構えを取る。
 仕方がない。骨折り仕事だけど狂死郎を倒してから侍達を逃がそう。それにしても一瞬も油断できない。彼には隙がない。でもどうせ戦うことになるのならひとつの可能性にかけるために、私は一か八か素性を明かすことにした。

「私は、赤鞘の侍達と繋がってる!!」
「……!!」

 お互いがほぼ同時に踏み込んで、刀と刀がぶつかる寸前だった。止まった。さすがに止めることができなかったお互いの斬撃だけがそれぞれの刀にぶつかって、押し戻されるように私と狂死郎との間の距離が再び開いた。勢いだけで部屋の戸も家具も吹き飛んだ。だけど、狂死朗の動きが止まったのだ。それが意味するものはつまり――

「……ついでに言うと私海賊なの。騒動を起こした麦わらの一味と、侍達とは同盟関係」

 少しだけ頭を下げた狂死郎。リーゼントで表情はよく見えない。けれどすぐに勢いよく顔を上げるとさっきまでの殺気はどこへやら、「ハッ、ハハハハハ!!! やはり! そうだったか!!」と豪快に笑った。笑いが止まらないのか、ペタリと尻をつき座り込んで腹を抱えている。そんなに面白だっただろうか。私もなんだか気が抜けてしまってその場にしゃがみ込んだ。

「ちょっと、もし私がオロチやカイドウ側の人間で嘘をついてたとしたらどうするつもり?」
「ならばここで消えてもらうまでよ! 正直アンタとここで本気でやり合って決着がつくかどうかは怪しいがな!」

 豪快に笑う狂死朗。この様子なら侍側で確定でしょう。あぁ、今日まで本当に長かった。そこでこの騒ぎに駆け付けた家族達がわらわらと集まってきてしまった。試したいことがあったのだと適当な理由をつけ、ひとまずはもう少し落ち着いて2人で話せるように場所を変えてあらためて今回の討ち入りについて話をすることにした。



「あなたは消去法でいくと、行方のわからなかった赤鞘九人男の最後の一人、傳ジロー?」
「左様!」
「長い年月をかけて今日のために狂死郎としてオロチの絶対的信頼を得た、と」
「いかにも。20年、長かったが全ては今日という日のためだ。本来なら都に残ることになっていたが、牢獄の侍達を解放し鬼ヶ島へと向かうつもりだった。アンタがそれを阻止する側ならば討ち入り前にずいぶんと骨が折れると思ったが……」
「同じく。あなたが侍を開放する邪魔をするなら大仕事になりそうだって思ってたもの」
「この国のモンじゃないだろうとは思っていたが……それはカイドウの手下も一緒だ。強い奴らを外から連れてくる。本当におれに仕えようって人間の可能性もまァゼロではなかったが、アンタがこっちの仲間なのか、カイドウ側なのか図りかねていたってわけだ。急にうちに段違いの強さを持った人間が来て正直焦りもしたさ」

 話し方にしてもおかしなところだらけだったし……強さを隠すという行為自体どうしても不自然さが出てしまう。疑われていたのは強さゆえ、ということにしておこう。ひとまず現状は最高の結果になったわけで……いや、まだ一家への説明は残っているけど、対狂死郎との戦闘になるよりはるかに、何十倍もイージーだと思う。

「さて、そうと決まれば家族達にも説明せにゃァならん。離反するものがいたらここで絞めていく。だが戦に備えて無駄な体力を使ってもいられん。悪いが手伝ってもらえるか?」
「ええ、もちろん。でも、さすがに虎之進設定をやめたいんだけど、問題ないかしら」
「設定……なるほど。設定かそうか」

 狂死郎はあごに手を当てて何やら納得したようにうんうんとうなずいた。それならばと虎之進仕様で固めていた髪をバサバサと手櫛で崩す。続いてナミやロビンには劣るとはいえ一応存在する胸を隠していた窮屈なさらしを取ってしまおうと着物に手を突っ込んだところで狂死朗の目の前であることに気づいて手を止めた。
「失礼、ついいつものくせで」と、人前で着替えというか、さらしを取ろうとしたことを詫びると狂死朗は少しだけキョトンとしたような表情を浮かべた後首をかしげた。

「……!!? まさか、性別もか!」

 してやられたと言わんばかりにハハハと笑い、サラシを取ろうとするという行為が何を意味しているかすぐに理解したようだった。
 私はそんな狂死朗に虎之進は偽名だったこと、本当の名前がリイムであることを説明した。男装しているとは思っていなかったらしい。うん、意外といけるじゃない私。自ら望んで男装した甲斐があった。何より達成感が半端ない。



 狂死朗の配慮もあって派手すぎない女物の着物に着替えた私。男装期間中常に巻いていたさらしを外した解放感と少しの寂しさを感じながら、多少形が崩れたようにも見えるバストに労いの言葉をかける。もちろん心の中で。
 一家を集め、オロチ、カイドウを倒す侍側の立場として鬼ヶ島の討ち入りへ向かうと告げた狂死朗の近くでその様子を見守っていた。普通に考えたら大パニックになること必至の衝撃の発言であるにも関わらず、誰ひとりとして異論を唱えるものはいなかった。全員が狂死朗についていくとの意志を示した。狂死郎の、傳ジローの人望が厚いことの証明……一家の絆は固かったのだ。
 大きなトラブルにもならず私が出る幕も同盟の存在を説明する程度しかなかった。これなら力は十分に温存できる。スパイで潜入していたということも説明し終えたし私の任務の目的は達成したと言っていいだろう。
 さて、彼らと共に鬼ヶ島へ向かい、仲間達と、ローのところへと帰ろう。

 ただ、ひとつだけ問題があった。

「姉さん!」
「いゃぁ、トラにゃ妙な色気があるなとは思ってたが、まさか女だったとはな! こりゃ納得せざるを得ない!」
「一生ついていきますぜ! あねさん!!」
「あのね、私は海賊。海賊のスパイなんだけど」
「よっしゃ親分!! トラさん!!! 行くぞ鬼ヶ島!!!」
「海賊なんだってば」
「姉御が海賊だって? そりゃ強いわけだ! 百人力!」

 スパイだろうがなんだろうが一緒に過ごしてきた仲なら関係ないらしい。もはや討ち入りお祭り騒ぎの状態で誰一人私の話を聞いちゃいない。この調子ではローに一体どういうことだと問い詰められるに決まっている。私だって何でこんなノリなのかわからないのに。
 双方にきっちり説明し納得させるのが面倒なやつだ。勝手に盛り上がってるだけで姉さんになった記憶も事実もないということと、バリバリの海賊で、なんなら副船長してるってこと。うーん、イージーじゃなかった。なんならこれが一番の大仕事になるのでは。
 ともかく、準備は整った。胸は整ってないけど。いざ行かん鬼ヶ島。決戦の時は来た。

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