これは無茶な願いだと分かっている

それでもどうして君がと思わずにいられない

ただ、僕を覚えていて欲しい

それだけなのに


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ある日、僕の彼女は事故にあった

奇跡的に一命を取り留めたが

彼女には弊害が残った

「おはよう。今日は1日居てもいいかな?」

彼女の部屋の扉を開き、声をかけた

窓辺にあるリクライニングチェアーに座っていた彼女は

ぼんやりと外を眺めていた

僕の声を聞くと、はっとしてこちらを見て笑う

「あれ?忠。今日は学校お休みなの?」

まるで花が咲いた様な、ふわりとした笑顔でこちらを見ると

彼女は立ち上がった

「座っていていいよ。それに今日は日曜日だから学校は休みなんだ」

彼女の笑顔に僕も微笑み返すと近くの椅子に腰を下ろした

「今日は“日曜日”って言うのね」

彼女は嬉しそうにくすくす笑うと口元に手を当てた


彼女は事故の際、脳に出血があったらしい

詳しいことを説明されたけど僕には全くわからなかった

けれど、ただ一つわかることは

そのせいで“彼女はどんどん記憶がなくなっている”

という事だ

彼女の脳はもう元には戻らず

ただ緩やかに忘れていくのだという

ただ、今の僕の救いは

彼女が僕のことをまだ忘れていない

これだけだ

だから、僕は最期の時まで傍に居ようと

定期的にここへやってくる

「忠、私ね。もうあんまり覚えていないの。

学校がどんな所か、この近くには何があるか。

忠と何処へ行ったのかも」

彼女の頬をぽろぽろと涙が溢れている

ほんの些細な事で感情が上下してしまう症状

最近は一日中ぼーっとしていたり、いきなり泣いたりすることが増えた

止めることの出来ない進行に、僕は苛立つ

「僕にしてあげられることは全てするから。

だから泣かないで。

僕の記憶を真琴にあげるから」

そっと彼女を抱きしめて背を撫でる

時々髪を梳いたり、頬に触れたりする

こうしている時間が一番、彼女の心が乱れないのだ

「うん。ありがとう。大好きだよ忠」

そう言って抱きしめ返してくれるその小さな身体を

僕は本当に守りたいと思う

でもね、時々不安になる

僕のことを忘れたら?

僕を好きだと思う気持ちを忘れたら?

今の僕にはそれが一番耐えられないだろう

どんな記憶も君に与えるよ

けれどそれだけは忘れないで欲しい

どんなに過去のことを忘れてもいい

どんなに新しい事を覚えられなくてもいい

だから神様

彼女から僕の記憶を奪わないで



「ねえ」

悲しげに目を伏せて

泣きそうに震えている彼女の唇が


「あなたは誰?」


残酷な現実へと突き落とす






END
→あとがき




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