「………真琴」

どくりと心臓が鳴った気がした

いつもなら心地よいその音が

今は気持ちが悪く不快だ

そんな声で、そんな顔で、そんな感情で

私の名前を呼ばないで

目頭が熱く感じ、気づけば涙を流していた

そして逃げるように走り出した

どこへ向かっているのか自分でもわからない

ただ、あの二人が見えない場所ならどこでも良かった

飛雄、とびお、トビオ!!!

私の口から漏れるのは彼の名前ばかり

考えないようにしていたのに

残酷な世界だなんて嘆く余裕は、今の私にはない

「真琴!!」

名前を呼ばれ腕を掴まれる感覚

そして抱きしめられる感覚で私は我に返った

彼は飛雄じゃない

飛雄は絶対に追いかけてこない

「………ゆ、う」

名を呼ぶと彼はとても優しい声で

“大丈夫だ”と繰り返してくれた

そっと背中を撫でながら、強く抱きしめてくれている

それに甘えて、私は彼の胸で泣いた



私の涙で胸元が濡れた彼の服を見つめ

少しずつ落ち着いてきた

「ごめん、もう大丈夫だから」

私は彼の胸をそっと押し返した

彼は“ああ”と言いながら、切り出す言葉を探している

「取り敢えずうちに来い。目、腫れてるから」

そう言って私の手をぎゅっと握り、歩き出した


家に着くと彼は濡れタオルを差し出してくれた

彼の部屋で腰を落とし、それを目元に当てて冷やす

ひんやりとしていて気持ちいい

何も言わない私に、彼は何も聞かなかった

ただただ、ゆっくりと頭を撫でてくれている

話をしなければならない

でなければ彼は、飛雄に掴みかかるだろう

「別れたの、私達。飛雄に……好きな人が出来たから」

ぽつりぽつりと語るとまた目元がじわりと熱くなってきた

勇は何も言わずに聞いてくれている

「多分さっきの子かな?可愛かったね。

私はまだまだ未練タラタラだから…」

最後の方は、声が震えているのが自分でもわかった

そんな私の言葉を遮るように、勇は再度私を抱きしめた

「……今言うのは狡いってわかってるけど聞け。

俺はずっと真琴が好きだった。

真琴が影山と幸せになれるならと思って

言うつもりはなかったけど」

そう言い言葉を区切った

顔を上げると彼の真剣な目が私の目を捉え

そして唇に柔らかなものが触れた

本当に軽く触れただけで彼の顔は離れた

「今はあいつの事を忘れられなくてもいい。

けど、俺を見ろ。

そんで吹っ切れたら俺のところに来い」

鼻先がくっつきそうな距離で優しい言葉が私を包む

「……時間、かかると思うよ」

鼻をすすりながら答えると、彼はふわりと微笑んだ

「いくらでも待つ。

今まで待つことも出来なかった。

どんなに待たされようと俺の気持ちは変わんねえから」

そう言い額をこつんとぶつけると彼はそっと離れた



こんなに近くで私を想ってくれる人がいた

ねえ、飛雄

時間はかかるかもしれないけど

いつかアナタを忘れられる日が来たら

笑顔で祝福してあげるから

その時まで待っていて欲しい

さようなら、大好きな人




END
→あとがき





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