彼の性格は、まず素直じゃない。そのくせ意外と寂しがり屋な気がする。近寄るなとか言って離れると涙目になるって矛盾してるよね。
そこそこ我が儘なところがある気がする。なのに我が儘言ったあと妙にしょぼくれている。構って欲しいならそう言えばいいのに、言えないらしい。同じマンションに住む某少女が脳裏に浮かぶほど。
君とボクの第一ヵ条
ばたばた暴れる渡狸を押さえ付けて、膝の上に座らせると湯で蛸もびっくりなくらい真っ赤になってしまった。
渡狸が残夏の部屋に訪れる事は、残夏が渡狸の部屋を訪れるよりも遥かに多い。
そういう時は決まって構って欲しい時だったりするが、渡狸はそう言わない。ただじっ、と残夏を見上げて訴えるだけだ。
尤も、残夏にとって言葉などはただの飾りのようなもので、本当に渡狸が伝えたいことは言葉以上に視える目があるので、渡狸がだんまりでもツンツンしていてもさしたる問題は無い。
「え〜、渡狸が抱き締めて欲しいってお願いするから抱き締めてあげたのにぃ〜」
「お、俺そんなこと言ってねぇ…!」
「…じゃあ離しちゃうよ?」
離すつもりなんて毛頭なかったが、そう残夏が口にすれば素直じゃない口がぎゅう、と結ばれる。
たとえ視なくても渡狸は表情に感情が表われやすい。特に残夏はそういう部分は聡く、渡狸の考えなど分かりきっている。
強いて言うなら、素直じゃない口を素直にするのが好きなだけだった。意地悪と言われてもしょうがないと内心苦笑しながら、けれどそれをやめようと思えないのは渡狸が可愛いからだと残夏は思う。
「ざ、残夏」
「ん〜?」
渡狸のふわふわの髪に顔を埋めれば、嗅ぎ慣れた渡狸の匂いがする。甘いような、温かいような、シャンプーだろと言われればそうなのかも知れなかったけれど、やはりこれは渡狸の匂いだろうと思えた。日だまりのような、そんな温かさがじんわりと伝わる。
「どうしたの、渡狸。黙っちゃったら分かんないよ〜?」
「う…その、…」
渡狸はなかなか素直になれないらしい口を動かしながら、四苦八苦している。何とか素直に言おうと必死なのは伝わるが、その様子が可愛くてつい残夏は噴き出した。
「笑うな馬鹿!」
「だって渡狸、すっごい変な顔だよ〜?ああもう、痛いってば〜」
全く力の入っていない掌でぺしぺしと叩かれても大した痛みにはならないし、むしろ可愛い行動にしか見えないだけだった。勿論惚れた弱みだとか、恋人の欲目もあるんだろうとは自覚していたが、それを抜きにしても。
「ああもう、可愛い〜」
「なにおー!!」
ムキになって暴れようとする渡狸を力任せに抱き締めて押さえ付ければ、渡狸は何故か突然力を無くしたように静かになってしまった。
不思議に思って顔を覗き込もうとするが、うなだれた金糸の髪で表情は窺い知れない。
残夏が首を傾げたところで、渡狸はぽそりと本当に小さい声で呟く。
「俺…」
「渡狸?」
「…残夏に、抱き締められんの、好きだな…」
都合のいい幻聴かな?と残夏は一瞬考えたが、恥ずかしくなったらしい渡狸の真っ赤な耳が見えて、残夏はバレないようにくす、と笑みを漏らした。
「ボクも渡狸といるの好きだよ〜」
けれど何より素直じゃない口が、素直になる瞬間がたまらなく好きだった。
それはもう可愛いし、必死で渡狸が自分の心を見せてくれているのが他ならないから。
渡狸の中で自分が唯一なのだと、そう思える瞬間でもあった。そうしてほんの少し意地悪した後は、渡狸が恥ずかしくて爆発しちゃいそうになるくらい甘やかして可愛がるのが残夏の常だった。
我ながら性格も心も歪んでるなあ、と思わなくもなかったけれど、そこはもう渡狸が可愛いから仕方無いの一言に尽きた。
(そのくらいの意地悪、許してよ渡狸)
ぎゅうぎゅう抱き締めたら、渡狸が不機嫌そうな声で苦しいと小さく呟いた。しかしその表情は不機嫌とは程遠い、何だか幸せいっぱいな表情をしていたものだから残夏はつい顔を綻ばせてしまう。
「卍里、好きだよ」
「な、いきなり何言って…!?…う〜…」
ともすれば聞こえないくらい小さな声で渡狸は、俺も好き、そう呟いて。
やはり恥ずかしいのか、再びうなだれてしまった渡狸はそのままぽすん、と残夏の服に顔を埋めてしまった。
やっぱり可愛い、残夏はそう思いながら渡狸を半ば無理矢理顔を上げさせると、恥ずかしさのあまり酷く居心地悪そうにしている渡狸に口付けた。
素直になる為の第一ヵ条
(小匙一杯の意地悪と、沢山の愛情)
白夜幻想潭様の140000hitフリリクに参加させて頂きました!
渡狸が可愛すぎて辛いです。
何ですかこの子は天使ですか。
up:2012/05/15
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