今回は彼に必要以上近づかない。
 そう決めたのはボクだ。
 でも、

 あの子が誰かと一緒にいるのは気に食わないなんて、何て身勝手なのか。



***



 廊下ですれ違った渡狸が、そーたんのところに行こうとしているのが視えた途端、もう抑えが効かなかった。

「?! 夏目……?」

 壁に小柄な体を押し付けて、身動きできないようにする。
 ぽかんとした表情でこちらを見つめる彼を目に映しながらも、頭の中でリフレインされるのはボクの名を呼ぶ前の彼の声。
 呼び方一つで、目の前のこの子は彼と違うんだな、と今更思った。
 そうさせたのは、関わらないようにしたのは自分で、分かりきってることなのに。

「お、おい離せよ。俺は御狐神さんに用事が……」
「用事って稽古付けてほしいとかそんなのでしょー? だったらまた断られると思うよ? そーたんもキミに構うほど暇じゃないだろうし」
「……っそんなの、分かんないだろ! きょ、今日こそは……」

 ムキになる姿から純粋にそーたんを慕っていることが伝わってきて、それがひどく腹立たしくて。
 思わず、言うつもりがなかったことまで零れてしまった。

「……その稽古とか修行とかもう止めたら? キミがいくら頑張っても、どうにもならないことはあるんだよ?」
「!」

 キミは、弱いから。

 そう口に出して、そこではっと我に返る。
 あれ? 今、ボク……
 恐る恐る、俯いた渡狸の顔を覗き込むと、

「……わた……??!」

 大きな目に今にも溢れだしそうなほどの涙が溜まっていて。
 え、うそ、やば、泣かしちゃった……?
 頭が真っ白になる。
 そうこうしている間に彼が本格的にしゃくり上げ始め、さらに慌てたがどうしようもなかった。

「ど、どうせ……っ俺のこと、何も知らない……くせにっ、勝手なこと、言ってんじゃねぇっ……」
「え、その、ね……とりあえず落ち着いて」
「でもっ……俺、だって……弱いからって守ってもらってばっかじゃ、嫌なんだよ!」

 まっすぐにボクを見返して言い切ったあと、渡狸は堪え切れなくなったように涙を決壊させた。
 ああ、この子は。
 宥めるように背中をさすってやると、子供扱いすんなと小さく愚痴を吐きながら顔を隠すようにボクに縋りついた。そのどこか矛盾した行動が愛しいと感じると同時に罪悪感を持つ。

「……ごめんね、言いすぎた。ちょっとキミがボクの知り合いとあんまり似てたからつい」
「……何だよそれ」
「でも、お願いだから無理はしないで。どうやっても回避できないことはあるんだ」
「……? だからさっきからお前、何も知らないでペラペラ言って……」
「ちゃんと知ってるよ。キミのこと。」
「え?」

 顔を上げた渡狸の涙が止まってるのを確認してから、身体を離してやる。
 戸惑うように瞬きをする彼に、にっこりと微笑んだ。

「前世も来世も……何でも視えたり視えなかったりってね♪」

 伊達に百目の先祖返りじゃないと笑って誤魔化して、彼に背を向けた。



***



「前の彼と今の彼を一緒にしちゃいけないのは分かってるんだけどねえ……」

 似ていても全く同じ運命を歩むわけじゃない。知っている。ずっと前から。
 だから、彼の傍にいないと、決めたのに。

 それでも彼の瞳に映るのを望み、彼が見ているあの子に嫉妬するボクは、どうすればいい?




End




リクエストありがとうございました!!
遅くなった上ほの暗いですが、お気に召して頂けると嬉しいです……!
春伊様のみお持ち帰りOKです。


up:2012/06/20

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