02

一通り荷物が片付いた頃、玄関の方からガチャリと音がした。
気付けばもう21時を回ったところだった。
家主が帰って来たのだろう。
真琴は少々緊張しつつ、部屋を出て、玄関へ向かった。


 
「拓海さん、お帰りなさ……っ!?」


「…………………だれ?」


 
玄関にいた人物の姿を見て真琴は驚き、言葉を飲み込んだ。


そこにいたのは女性だったのだ。


緩いウエーブのかかった栗色の長い髪を耳にかけ、今まさに靴を脱ごうとしていた女性は怪訝な顔で真琴を見た。


 
「え…あ、……橘真琴です。そのっ、今日からここで狭間拓海さんにお世話になる…」

 
「あっ、…真琴って、男の子だったの?あちゃー……名前聞いて、てっきり女の子だと思ってた。……ま、いいわ。ねえ真琴、あなた車の運転はできる?マニュアル」

 
「い、一応できますけど」

 
「掃除、洗濯、料理…家事は?」

 
「……料理以外ならなんとか」

 
「じゃ、料理もできるようになって」


女性は脱いだジャケットを真琴に押し付け、そのままリビングに向かい、革張りの柔らかいソファに沈んだ。


 
「は!?…えーと、その…あなたは?拓海さんの彼女……ですか?」


真琴が恐る恐る聞くと、女性は一瞬きょとんとした表情をし、次の瞬間弾けるように声を出して笑った。


「あはははっ…真琴、面白いね!……そっか、そっちにもちゃんと伝わってなかったんだ……あー、おなか痛いっ……ふふ、………私が、狭間拓海だよ。本名は、狭間美優」

 
「…………えええええ!?!?だって、拓海って名前……っ!」

 
「ごめんね、拓海はペンネームなの。だから美優って呼んで?」

 
「……美優、さん」

 
「まあ、ちゃんとやることさえやってくれれば性別なんてどうでもいいわ。これからよろしくね、真琴」


 
そう妖艶に微笑む彼女と上手くやっていけるのか、真琴は言いようもない不安に襲われた。


 
「今日は私疲れてるの。詳しいお話は明日しましょう。そのジャケット、ハンガーにかけておいて。で、そこにかかってるスーツと一緒に明日クリーニングに出しておいてちょうだい。私はシャワー浴びて寝るから、真琴はお好きにどうぞ」



「え!?ちょっ、美優さん…!?」



真琴が呼び止める間も無く、美優はバスルームに向かってしまった。
呆然と立ち尽くしていると、微かにシャワーの音が聞こえてきた。


 
「………無防備すぎるだろ」


 
とりあえず、このジャケットをハンガーにかけよう。
真琴はそう思いジャケットに視線を落とすと、
”CHANEL”と刺繍されたタグが目に入った。



「うっ…わ!」


 
何十万円もするであろうその服。
これからこういうものを扱っていくのだと思うと眩暈がする。


真琴は今までの人生の中で一番慎重に、注意深く、丁寧な手つきで、ジャケットをハンガーにかけた。

 2013.11.3




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