甘えてもいい?
「ね、ハル…何か食べたいものある?」
「サバ」
そう即答され、冷蔵庫の中に常備されていた塩サバはあといくつ残っていただろうかと頭に浮かべた。
二人で過ごしたこの週末は、毎食サバ料理。
さすがにレパートリーも尽きてくる。
「相変わらず好きねぇ……いつもサバばっかり食べてたの?栄養偏るよ?」
「…他の物もちゃんと食べてる」
確かに野菜も調味料もある程度常備されているようで、男子高校生の一人暮らしにしては上出来である。
根本的にはしっかりした弟だが、どこかズレていて、そんな彼がちゃんと日常生活を送れているのは真琴の力が大きいのだろう。
「姉さん、」
「ん?」
香草を混ぜたパン粉を塩サバにまぶし、オリーブオイルを温めたフライパンで焼く。
ジューっという音と、良い香りが台所に広がる。
「明日から仕事、行くのか?」
「そうだよ。教壇に立つのは来週だけど、打ち合わせとか準備が色々あってね〜……ハル、ジャガイモの皮剥いて?」
「ん、」
遙は包丁を使って手際良くジャガイモの皮を剥く。
「……鮫柄」
「鮫柄学園がどうかした?」
「………」
「凛が気になるの?」
「っ……別に…」
遙は一度目を見開くと、綾の視線から逃れるように顔を背けた。
「……凛も岩鳶高校に行くと思ってたのに。みんな、子供の時みたいにただ仲良くしてるわけにはいかないのかな。……こうやって、大人になっていくのね」
昔を懐かしむように目をつぶる綾に、遙は困惑した。
俺は、何も変わっていない。
今も昔もただ水を、ただ姉さんを、
でも、姉さんはー……
「…姉さんは、どうして凛を呼び捨てにするんだ」
「え…?」
「真琴のことも、渚のことも、"くん"を付けて呼ぶ。凛のことも、昔はそう呼んでた」
「たまたま、でしょ」
「違う。真琴が凛の話をした時、姉さんはなんだか動揺してた」
「気のせいよ」
「姉さん、」
遙の真剣な瞳が綾を捉える。
有無を言わせないようなその迫力に、つい後退りをしてしまう。
「逃げないで、姉さん」
優しく手首を掴むと身体を引き寄せ、遙は綾の耳元に唇を寄せた。
「ねぇ、俺だけを見て………」
綾は思わず息を飲んだ。
何も言うことができない。冗談として片付けることも、その意味を問いただすことも。
焦げた魚の臭いに引き戻されて我に返るまで、動くことができなかった。
(想いの強さも、変わらない)
2013.9.1
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