邪魔しないで?

「わぁ〜!ほんとだ!ほんとに綾ちゃんだぁ〜!」



瞳をきらきら輝かせながら渚は無遠慮に綾を様々な角度から見た。



「渚、やめろ」


「僕だって綾ちゃんに会うのすっごく久々なんだよ〜?ハルちゃんばっかりずるくない?」



放課後、遙は一刻も早く姉のいる自宅へ帰ろうとしていたが渚に捕まり、なんだかんだで真琴も一緒に家に来ることになった。
せっかく二人きりでゆっくり話せると思っていただけに残念ではあったが、彼らもまた自分と同様に綾を慕い、彼女もそれを嬉しく思っているようだから家に来ることを了承した。
だがやはり自分を差し置いて綾と彼らが仲良くするのはあまり気持ちの良いものではない。



「渚くんは全然変わらないね」


「えぇ〜!でも背伸びたんだよ?筋肉もついたし、男らしくなったでしょ?ほらほら〜!」



渚は綾の手を取り、自分の腕の筋肉を触らせる。
遙は「あ、ほんとだ」とちょっとびっくりしたような、感心したような顔をする綾を見て、表には出さないものの不機嫌になっていく。



「そういえばさ、なんで綾ちゃんはこっちに帰ってきたの?」


「…俺も知りたい」


「え!?ハルもまだ知らなかったの?」



真琴にそう聞かれ、遙はむっとした。
誰のせいで聞けなかったと思っているんだ。朝も、今も、邪魔さえなければいくらでも綾の話が聞けたのに。



「実はね、ハルを驚かせたくて事前に連絡しないで帰ってきちゃったんだよね。ごめんね、ハル」


「…別に、いい」



遙はぷいっとそっぽを向いてしまったが、それが照れ隠しであることを察した綾は嬉しそうに微笑むと話を続けた。



「みんなも知っての通り、私は高校を卒業してから語学留学をして翻訳家になる勉強をしてたの。あっちの大学を出てからもしばらく先生の元で手伝いながら仕事をしてたんだけど、段々安定してフリーでも仕事がくるようになったしそろそろこっちに帰ろうかなーって思ってた時にちょうどこの辺りの学校で産休に入った人の代わりの英語の非常勤講師の募集を見つけて…試しに応募したら受かっちゃったんだよね。だからこんな中途半端な時期に帰ってきたの」


「ええ!?綾ちゃんが英語の先生!?どこの学校?もしかして…岩鳶高校!?」


「ぶっぶー。鮫柄学園でーす」


「さ、鮫柄…って凛が……いやそれよりもあそこって男子校じゃ…!?」



渚と真琴が身を乗り出して動揺する中、遙はただ黙って綾を見ていた。



「凛?凛って、松岡凛?あの子、鮫柄にいるの?」


「そうだよっ!凛ちゃんは今鮫柄の水泳部にいて〜」


「………あんなに岩鳶に行けって言ったのに」


「?綾ちゃん、何か言った?」


「あ……ただの独り言だよ」



綾は語学留学で英語圏の国をいくつか回っていて、その中にはオーストラリアも含まれる。
これは誰にも言っていないが、オーストラリア滞在中は凛とよく会っていた。
その当時は色々なことがあったが、綾は凛に日本に戻るなら遙たちが通う岩鳶高校に転校するように言い、彼も満更ではないように見えたのに。


その後、渚と真琴は家で夕食を食べていき、昔の話や綾が留学してから今までの話をして盛り上がったが、綾は凛のことが心に引っかかったままだった。



「それじゃあお邪魔しましたぁ〜!」


「渚くん、真琴くん、またいつでも遊びにきてね!今日は本当にありがとう。とっても楽しかったわ」


「俺たちも久々に綾さんと話せて楽しかったよ。…ハル、遅くまで邪魔してごめんな。また月曜の朝迎えに来るから」


「…わかった」


「ハルちゃん、綾ちゃん、おやすみなさい〜!」



二人が帰り、戸を閉めた途端に綾の背中に遙が抱き付いた。



「姉さん…………」


「…ハル?」


「…………」



無言のまま縋り付く遙の手に自分の手を重ねると、遙はそれを離さないと言わんばかりにぎゅっと握った。



「ねぇ、ハル。私がここに帰ってた本当の理由はね………ハルに会いたくなっちゃったからだよ」



その言葉に遙は綾の背中に押し付けていた顔を上げる。



「本当に…?」


「うん、本当に。ハルはずっと私のことを待っててくれたんだよね?…一人にしてごめんね」


「姉さん…っ!」



綾は遙の腕を優しく引き離すと、自分よりもずっと身長が高くなってしまった彼を正面から抱きしめ、手を伸ばして頭を撫でる。


彼が姉離れができないように、彼女もまた弟離れをするのはまだ先のことになりそうだ。

(ずっと側にいてくれ)

2013.8.21

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