大きくなったね?
「ハル〜!また朝からお風呂入ってるの?遅刻しちゃ………えええええ!?!?!?」
姉を抱き締めたまま無言になってしまった弟をどうなだめようかと考えていたら、思わぬ来訪者が。
橘真琴はいつものように遙を迎えにきたのだが、予想もしていなかった光景を目の当たりにして思わず絶叫した。
「ハル!?朝っぱらから何して…というかそれ誰!?いつの間に彼女なんて…いやいやそれよりも学校!!」
「……今日は休む」
「ハル、学校はちゃんと行きなさい。あ〜もう服びしょびしょ」
未だに絡みつく遙の腕からするりと抜け出し、身体に張り付くブラウスを摘まんで少しだけ眉をしかめた。
ふと、彼と目が合う。
「…真琴…くん?」
「え……あっ!……綾…さん?」
真琴くんはハルのお友達。
最後に会ったのは彼らが中学に入りたての頃で、まだ背も低く、声も少年のものだった。それが目の前に立つ青年は身長も高くがっしりした体型、口調は柔らかいが声は低く、大人の男性のそれ。
たった数年でここまで見違えるとは。やっぱり男の子というのは不思議な生き物だわ。
綾はそんなことを考えて関心しながら真琴を見据えた。
「一瞬わからなかったよ〜!真琴くん大きくなったねぇ…久しぶり」
「っ…綾さんも……」
大きくなりましたね、胸が。
とは言えないが、真琴は彼女の身体に張り付いたブラウスから透ける下着をつい凝視してしまった。
「姉さん、これ」
いつの間にか身体を拭き、制服に着替えた遙が自分のパーカーを持ってきて綾に着せた。
遙がむすっとした表情で真琴を睨みつける。
あはは…と頭を掻く真琴だが、男子高校生としてはあんな姿の女性が目の前にいて気にならないわけがない。仕方ないだろ、と心の中で言い訳をした。しかも昔密かに想いを寄せていた女の子が綺麗になって現れたのだとしたら尚更。無遠慮に見てしまうのも仕方のないことだ。
そんな真琴の葛藤を知ってか知らずか、綾は素直にされるがまま、遙にパーカーを着せられた。
「ハル、真琴くんと学校行くんでしょ?」
「……休む」
「休まない」
「………休む」
「だーめ。ハルが学校に行ってる間にいなくなるとでも思ってる?ちゃんとここでハルが帰るの待ってるから。今日だけじゃなくて、明日も明後日もずっと、ね?」
「………わかった」
あの頃よりもずっと背が高くなった遙の頭を撫でると、遙は気持ちが良さそうに目を細めた。
「さてと。真琴くん、待たせてごめんね?」
「い、いえ!大丈夫!…です」
「やだ、かしこまってどうしちゃったの?」
すっかり大人の女性へと変貌を遂げた綾を前にして真琴は緊張していた。
昔はどうやって彼女に接していたんだっけ。そんな簡単なことが思い出せない。
「…ごめん、なんだか緊張…しちゃって。その、綾さん、綺麗になったから…」
頬を赤らめて、ちょっと目をそらして…そんな年相応な照れた仕草が可愛くて、身体は大きくてもまだ十代の男の子なんだと思うとなんだか安心する。
綾はその初々しい姿に胸がときめくのを感じた。
「そんな風に言ってもらっておねーさん嬉しい…!でもね、私はなんにも変わってないから…昔みたいに仲良くしてほしいな」
ね?と首を傾げて言われれば、真琴は勢いよく首を何度も縦に振ることしかできない。
「真琴……学校、行くんだろ?」
「あっ……ごめん!行こう、ハル」
またむすっとした顔で遙に言われれ、真琴は我に帰った。
「ふふ…真琴くん、ハルのことよろしくね。ハル、いってらっしゃい」
「…!……いって…きます」
久々に交わした「いってらっしゃい」「いってきます」の言葉。そんなことが嬉しいと感じるだなんて。やっぱり俺には姉さんが必要で。たった一人の、特別な存在。
そう確信した遙は珍しく口元を少し緩め、笑った。
(幸せな日常が始まる、予感)
2013.7.26
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