もう大丈夫だよね?

大会最終日。急遽参加が決まったリレーを見るために、綾は会場に来ていた。
遙の成長を見届けるために。凛の覚悟を見届けるために。
リレーが始まる直前にアクシデントが起きたが、それでも綾は何もせず、その行く末をただ見守ろうとした。
凛を探して言葉を掛けるのは自分の役目ではない。
これは彼らの問題であり、自分が入っていったところで誰の為にもならないということに気付いていた。
そして泳ぎ終えた4人の姿を見て、それが正しかったのだと悟った。


思えば今まで少し彼らに対して過保護すぎたのかもしれない。
もちろんそれは彼を思ってのことだったが、でもそこには自己肯定の意も含んでいたように思う。
彼らに頼られれば頼られるほど、留学中に味わった挫折によってすっかり折れてしまった自尊心が満たされていった。
その現実からずっと目を背けていたことに、気付いた。


あの頃と同じ笑顔で笑い合う4人を見て、綾はなんとなく自分の役目を終えたように感じた。



「私も、少し前まであんな顔してたのかなあ…」



ぽつりと呟いた言葉は、会場の熱気と歓声の渦に飲み込まれ、誰の耳に届くこともなく消えていく。










***






学校が夏休みに入り、産休の先生の代わりに非常勤教師として勤めていた綾はその役目を終えた。
遙や凛たちの仲が戻ったこともあり、岩鳶高校と鮫柄学園はよく合同練習を行うようになったため綾は見学に行くことも多かったが、徐々にその回数は減っていく。
学生時代に世話になった恩師の元を尋ねたり、ビザを取得する手続き等、長期留学の準備を進めていたのだ。



「おい綾!ハルから聞いたぞ……アメリカに行くって……どういうことだよ!?俺はちゃんと答えを見つけた。もうガキじゃねぇ…俺から逃げるのか?」


「違うよ、逆だよ。逃げるのは止めたの。自分から、逃げるのはもう止めた。凛を、ハルを、…みんなを見てたら気付いちゃったんだよね。自分が現実から目を背けて逃げてきたことに。でもね、このたった数ヶ月でどんどん変わっていくみんなを見てたら、もう一度頑張ってみたくなっちゃった。我ながら自分勝手だなあって思う。待っててなんて言わないから、笑って見送ってくれたら嬉しいな」



今日も鮫柄学園で凛は遙たち岩鳶水泳部と合同練習をしていたはずだった。
髪を乱し、額には大粒の汗が浮かんでいる。
遙から綾の話を聞き、すぐに学園を飛び出してきたようだった。
綾はまるで凛が来ることを分かっていたかのように落ち着いた様子で家へと招き入れた。



「…いつだ。いつ、行くんだ」


「…明日」


「っ…!?なんでそんな大事なこともっと早く言わねえんだよ!」


「あの大会が終わってすぐにハルに伝えたんだけど…納得してもらえたのが、昨日なの。ちゃんとハルと話し合って、分かってもらえてから凛には話そうと思ってて…だから遅くなっちゃった。ごめんね」


「…謝るくらいなら行くなよ……っつっても行くんだろ」


「…うん」


「ハァ…お前ら姉弟ってほんと頑固だよな。昔っから変わんねえ」



凛は大きくため息をつくと、髪をかき上げ、そのまま額に手を当てたまま俯いた。
その仕草があまりにも大人びていて、綾は自分の心臓がどくんと脈打つのを感じる。



「俺は、今も昔も、綾のことが好きだ。お前が俺のことを弟みたいに思ってたことも知ってるし、それでも側に居れるなら良いと思ってた。でも、今は違う。対等な立場で隣に居て欲しいって思ってる」


「…凛は大人になったよ。私なんかより、よっぽど。だから…今は凛の願いを叶えることはできない。今の私、すごく情けないんだ…そんな自分が許せなくて、変えたくて、………凛の隣に居れるような人になって戻って来るから、だからっ……ん」



凛は綾の言葉を飲み込むように、強引に口付けた。
頭を支え、舌を奥へと捻じ込む。
綾は以前のように拒みはせず、少しためらいながら、それに応えるように舌を絡ませた。
はぁっ…とどちらかの吐息が漏れても、その隙間が惜しいとばかりにより深く重なり合う。
もう限界、とばかりに綾が膝から崩れ落ち、凛がその腰を支え、長い口付けが終わりを告げた。



「……俺は待ってるなんて女々しいことは言わねえ。迎えに行く。だから、覚悟しとけよ」



そう言って意地の悪そうな笑顔を見せる凛の瞳は、少しだけ濡れていた。
綾は自分の瞳からぽろぽろと落ちる涙を拭い、ゆっくりと頷いて、凛の胸へ身体を預けた。

(私、頑張るね)

2014.2.28

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