素直になろう?


※微妙にアニメ沿い







「みんな、どうしたの?」



大会後、遙に一人の時間を作らせるために外で時間を潰してわざと遅い時間に帰宅した綾は、真琴、渚、怜、江と鉢合わせた。



「綾さん…!勝手に上がり込んでごめん!」


「あのねっ、綾ちゃん!明日リレー出れることになったんだけど、ハルちゃんはそれを知らなくて、帰ってこなくて、携帯も家に置きっぱなしだし、どうしよう!!!!」


「渚君、それでは説明になっていません!」


「綾さん!?お久しぶりです!お兄ちゃんがお世話になってます!」



興奮した様子で捲し立てる4人に圧倒され、綾は目を瞬かせた。



「えっと…少し落ち着こうか。……ハルは、まだ帰ってないのね?」


「…明日のリレーに江ちゃんがエントリーしててくれて。ハルに伝えようと思ったんだけど……やっぱり無理かな。今日はもう遅いし、綾さんも帰ってきた。みんなもう帰った方がいい」


「でもっ…」


「多分、ハルは泳がない。……棄権しよう」



そう顔を背けて静かに言う真琴の表情と、他の三人の様子を見て、綾は何も言うことができなかった。
そのまま三人を見送り、遙が帰って来るまで待ちたいという真琴の申し出を受け入れ、綾は真琴と二人で遙の帰りを待つことにした。



「なんだかこうやって二人で話すのは久しぶりだね」


「綾さんの傍にはいつもハルがいたから…二人っきりで喋るのは珍しいかも」


「…あのさ、真琴くん。ハルは、本当にリレーを泳がないと思う?」


「どうだろう……きっと、今日みたいなただの勝ち負けしか結果が残らないようなことになるなら、泳がないんじゃないかな」


「ハルね、凛と泳いで自由になるんだって、そう言ったの。でもきっとそれだけじゃハルの言う”自由”にはなれなかったんだと思う。自分でもどうしたらいいのか分からなくて、迷ってるんじゃないかな。でもみんながこんなに必死になってくれて、ハルはきっと何か大切なことを思い出してくれる…そんな気がするんだ」


「綾さんは、本当にハルのことをよく分かってるんだね」


「…大切な弟だから」


「………綾さんは、ハルの気持ちをどう思ってるの?」



真琴はためらいながらも、前々から気にしていたことを尋ねた。
綾に向けられる遙の感情は、肉親に向けられるものとは異なった熱を伴うことに真琴は気付いていた。



「ハルは、私にとっては可愛い、大切な弟。それ以上でもないし、それ以下でもない。ハルがこんなにも私に依存するようになったのは、ちょうど凛がオーストラリアに行った頃だったかな。それから中学生になって、凛がこっちに帰って来てハルと泳いで……ハルは凛に勝ってしまった。その時私も一時的にこっちに帰ってきてて。タイミングが悪かったのかなあ。ハルが縋れるのは、私しかいなかった。だから責任感じてるんだ。私も弟離れできてなくて、甘やかしちゃったから」


「…俺、中学の時のこと最近知って……ハルはどうして話してくれなかったんだろうって……俺じゃダメだったのかな」


「そんなことないよ。ハルは十分真琴くんに甘えてるし、頼りにしてる。でもやっぱり、友達にも言えないことってあるんじゃないかな。あの時のハルは自分で自分の感情をよく分かってなかったし、よく分からない気持ちを友達にぶつけるのってなかなか難しいことだと思うんだ。私はハルとは血が繋がってるし、歳が離れていて、そういう気持ちも経験があるから上手く汲み取ってあげられただけ。だから真琴くんが気に病む必要はないんだよ」


「綾さん……俺、…俺は、」


「ありがとう、真琴くん。ハルは真琴くんが傍にいてくれて、本当に幸せ者だね」



綾がそう言うと、真琴は目に涙を溜めた。


身体は大きくてもやっぱりまだ思春期の少年なんだ。
凄い成長スピードで心身ともにしていく彼らを見ているとなんだか自分だけが置き去りにされてしまいそうで、言いようの無い不安や焦りを時々感じていた。
だが年相応に感情を露わにする真琴を見て、ほっとしている。
そんな自分が卑しく感じてしまい、それを誤魔化すように真琴の頭に手を伸ばした。
遙のさらさらな黒髪とは違う柔らかい感触。
照れくさそうな表情を浮かべながら、目尻に溜まった涙を拭う手は大きくて。
大人でも子供でもない、不思議な生き物。男子高校生。
そんな彼らが眩しくて、羨ましくて、



「…だめだなあ。私も、しっかりしなくちゃ」


「ええっ!?綾さん十分しっかりしてるように見えるけど…」


「ぜーんぜん。頑張ってるみんなを見てると、私も頑張らなくちゃって思うよ」



玄関口に座って真琴と過ごす時間は、思いの外心地良かった。
きっと私にはこうやってゆっくり誰かと対話する時間が必要だったのかもしれない。
そんなことを考えていたらいつの間にか時間は過ぎ、大会の疲れが残っている真琴が眠ってしまった。
もうすっかり夏とはいえ、夜風が涼しい。明日も大会がある真琴に風邪をひかせるわけにはいかない。
綾はタオルケットを取りに自分の部屋へと向かった。














「泳ぐんだろ、リレー」


玄関に戻ろうとした時、遙の声が聞こえた。
綾はリビングに留まり二人のやり取りを見守る。

喜ぶ真琴を帰るように促しながらも、遙は心なしか嬉しそうに見えた。




「お帰り、ハル」



真琴が帰った後、綾は静かに遙に声を掛けた。



「…姉さん、俺ー、」


「大丈夫だよ、ハル。自分が正しいと思ったことを、したいと思ったことをすればいい」


「俺、みんなでリレーを泳ぎたいんだ。またあの時みたいにー…あの景色を、もう一度見たい」


「うん。それでいいんだよ。私はハルのこと、応援してる」



自分の気持ちを素直に吐き出すことができた遙の表情はどことなくすっきりしていて、ああ、また成長してしまったんだ。それが喜ばしくもあり、少し寂しい。

明日、遙が見るであろう景色を想像しながら、綾はゆっくりと目を閉じた。

(きっと、明日は何かが変わる)

2014.02.10

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