「しんじゃえばいいのに」



初対面にも関わらずまるで久々に再開した旧友に「久しぶりだね」とでも言うかのようにごく自然に、無表情でそう言い放った。



今思うと篠井は俺が執行官にどのように接しているのかその動物的勘で察していたのかもしれない。
さすがは猟犬、鼻は効くらしい。



「私、きっとあなたのこと好きになれない。必要がない時は一切話しかけないで」



その色相の濁った瞳はどこまでも冷えきっている。
ああ、こちらこそ是非そうして頂きたい。それにしても上司に対してこの態度はなんなんだ。不信感による苛立ち。
その時はそう思っていたはずなのに。



「あ、狡噛先輩!おはようございます」



見たことのない表情。俺に向けられる温度のない視線、抑揚のない声とは違うそれ。最初に感じたものとは違う苛立ち。
なぜだ。



「香苗ちゃーん!この前言ってたアレ、持ってきたよ」


「ありがとうございます、縢先輩…わっ、頭撫でないでくださいよ」



俺は一度も触れたことがない。近寄ることもできない。無性に苛立つ。



「縢、狡噛、征陸は常守と行け。六合塚は本部で待機…篠井は、俺と来い」


「なんで私だけ…嫌です。私も朱ちゃんと行く」


「…篠井執行官、仕事中に私的な感情を持ち出すな」


「私的な感情を持ち出してるのはどっちよ?宜野座監視官」



それは、どういう意味だ。
嫌悪に満ちた視線が突き刺さる。
やめろ、そんな目で俺を見るな。



「篠井、俺と交代だ。お前は常守と行け」


「…ありがとうございます、狡噛先輩」



篠井は無表情で俺の横をすり抜け、常守の元に向かった。
その一瞬がやけに長く感じ、篠井のなびく髪が視界の端に入っただけで苦しい。上手く呼吸ができない。



「…ギノ、篠井にまとわりつくのはもう止めてやれ」


「お前が何を言っているのか俺には理解しかねる」



まとわりつく?何を言っている。
猟犬のくせに、あいつは飼い主の命令も聞かず、その癖吠えるだけで噛み付く度胸もない。そんな猟犬にどんな使い道があると言うのだ。
あいつが俺を嫌悪しているように、俺もあいつを……
その証拠に、あいつのことを考えるだけで胸の奥で何かが蠢き、こんなにも気分が悪い。



「…ギノ、お前が自分の気持ちを認めたくないのは分かるが…お前も、篠井も同じ人間だ。お前があいつを好ー…」


「黙れっ!!!!…同じ人間だと?猟犬の分際で何を言っている」



思い上がるなよ、猟犬共。
俺は、俺は、そんなことは認めない。



「なら…いいんだな、ギノ。篠井は俺が貰うぞ」



「狡噛…?」



な に を い っ て い る ?



「篠井は、俺が貰う。こいつは猟犬同士の問題だ。飼い主様には関係ない」



何か、何かを言おうとするが、言葉が出てこない。
異常に渇き、喉の奥が張り付く。
上手く息ができず、ヒュー、と空気が漏れる音が耳障りに響いた。



「…ギノ、もう何も考えるな。色相が濁る」



狡噛は俺に背を向け、そのまま常守監視官の後を追った。
俺は動くことも、声を発することもできず、ただ呆然とその場に立ち尽くす。





認めろと、俺に認めろと言うのか。





頭の中で何度も篠井を汚した。夢の中では従順に俺に従い、熱を帯びた視線で誘う。いつになく高揚した。
生意気なあいつを従わせる快感。これは猟犬の癖に飼い主に従わないあいつに対する苛立ちを発散させるための手段にしかすぎない。



それなのに、それなのに。
いつしかプライベートのデータフォルダは篠井の画像で埋まり、オーディオからは篠井の音声データが流れる。



『おはようございます』


『ー…先輩、また寝るの遅かったんですか?だめですよ、ちゃんと寝ないと』



現実では俺に向けられることのない温度で響く声に、興奮した。



「香苗…香苗、香苗っ…香苗…」



写真を白濁で汚し、満たされる心の隙間。



突如フラッシュバックした記憶。



これは、なんだ。
俺はなんでこんなことをしていたのだ。


俺は、俺はー…!

(認めろと言うのか、この感情を)

2012/12/01
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