「香苗ちゃん、来週コンパに参加するんだって?」

講義が終わり、荷物をまとめていると真琴が声を掛けてきた。
幼馴染の真琴とは、小中高、そして大学まで同じ。
学部は違うが、偶然同じ教養科目を履修していて、その講義が終わると自然と一緒に帰るようになっていた。

「ああ、サークルのやつね。誰から聞いたの?」

私は、気軽に入れるスポーツ系のサークルに所属している。
適当に身体を動かして、その後の飲み会を楽しむ。いわゆる飲みサーというやつだ。
大学一年の私はまだお酒を飲むことは出来ないが、飲み会の雰囲気が好きだった。
東京の大学に進学して、少し心が浮かれているのもある。
大学デビューではないが、華やかな大学生活をそれなりに送りたい。
それに、滅多に恋人と会えない寂しさを、賑やかな飲み会で紛らわしたかった。

「同じ学部の男の子から。香苗ちゃんが参加してくれるって喜んでたよ」

「ふーん。私結構参加してるから、そんなに喜ぶことじゃないと思うけどなあ」

「・・・凜はさ、その、知ってるの?コンパに参加してること」

凜の名前が出て、胸がちくりと痛む。

オーストラリアに留学中の凜とは、もう数ヶ月会っていない。
忙しいのは分かるが、最近は連絡も少なくなってきている。

凜とも真琴や遙を通して小学生の頃から知っていたが、高校の頃に再会し、なんやかんやで付き合うことになった。

付き合い始めてから2年になる。

凜はいつだって水泳が一番だった。
水泳に打ち込む凜が好きだったから、そこに不満は無い。

それでも、時々、凜は私のことなんて本当はどうでも良いんじゃないかと思ってしまうことがある。

凜の口から「好き」という気持ちをはっきり聞いたことが無い。

不安になっても、その気持ちを気軽に吐き出せるほど、オーストラリアと日本は近くない。

せっかく凜と通話をしている時に、そんなマイナスな感情を吐き出したくない。

そんなもやもやした気持ちが胸の中で常に燻っている状態だった。

「言ってないから、知らないんじゃない。それに別にただのサークルの飲み会じゃん。合コンとかじゃないし、わざわざ言うのも変じゃない?」

「うーん・・・でも男の人もいるし、凜は心配じゃないかな」

「言ったところで、どうしようもないでしょ。凜はオーストラリアにいるんだから」

もし、参加するなと言われたら?

嬉しいかもしれない。でも、凜は私の寂しさを理解してくれないのに、どうしてそんなことを言うの、とも思うかもしれない。

「俺が凜の立場だったら、嫌だなって思うよ。お酒が入ったらどうなるか分からないし、俺も心配だよ」

「仲良い友達も参加するから大丈夫だよ。私はお酒飲まないし。・・・・・・ありがとう、真琴。危ないことはしないから、心配しないで。ただちょっと、賑やかな場所にいたいだけなの」

「・・・香苗ちゃん、凜と最近ちゃんと連絡取ってる?」

「実は、あんまり。凜は水泳に集中したいだろうし邪魔したくなくて私からは連絡を控えてるんだ。凜は、私のことはどうでもいいのかな・・・声聞きたいとか、思うことないのかな・・・なんて、さ、」

あれ、視界が滲んでいく。

それが涙だと気付いたのは、真琴にハンカチを差し出されてからだった。

「ごめ・・・っ」

「2人は、ちゃんと自分の気持ちを伝えた方がいいんじゃないかな。気を遣いすぎて、空回りしちゃってる気がする」

「・・・そうなのかな。もう、自分の気持ちがわかんないや」

「香苗ちゃん・・・」

真琴がそんなに悲しそうな顔をする必要なんてまったくないのに。

本当に真琴は、お人好しだよね。


***


凜と連絡を取らないまま、コンパの日がやってきた。

大人びて見える先輩たちの、それらしく取り繕った空っぽの言葉。流行のファッションに身を包んだ女の子たち。

騒がしくて、中身が無くて、だからこそ何も考えずにいられるこの空間は、今の私には必要なものだった。

それなのに、全然楽しくない。

今この瞬間も、凜はオーストラリアで頑張っているのだと思うと、自分が何の価値もない人間のように思えてくる。

「香苗ちゃん、呑んでる?」

「飲んでますよ。ジンジャーエールですけど」

「なんか今日元気ないじゃん、どうしたの?」

3年生の先輩は、後輩の面倒見が良く、男女問わず人気だ。
私も気にかけてもらっている。

「ちょっと悩みがあって」

「もしかして、留学中の例の彼氏のこと、とか?」

サークル内で、私に留学中の彼氏がいることは知られているから、話題に出るのは不思議ではない。

「よく分かりましたね」

「俺、香苗ちゃんのこと前からいいなって思ってたからさ。そんな子が彼氏と上手くいってないっぽかったら気になるよね。・・・悩んでる香苗ちゃんには申し訳ないけど」

と、笑顔でさらっと言う先輩。
女慣れしてるし、モテるんだろうな。

凜は、こんな風にストレートな言葉を言ってくれたことはない。

言葉に飢えている私は、一瞬揺れた。

この人だったら、私のことを大切に想ってくれるのだろうか。側にいてくれるのだろうか。

「ね、香苗ちゃん・・・よかったら相談に乗るからさ、抜け出さない?」

そっと腰に手を添えられ、急に嫌悪感が走る。

凜は、こんなに優しく私に触れない。

でもその力強い存在感は私を安心させてくれていた。
言葉が無くたって、凜が側にいるだけで、満たされた。

どんなに欲しい言葉をくれても、それが凜でなければ意味が無い。

「香苗ちゃん、」

「おい」

先輩の手から逃れようとしていたら、後ろから声がした。
今一番聞きたかった人の声が。

「凜・・・?どうして、」

振り返るとそこにいたのはやっぱり凜で。
不機嫌な表情を隠そうともせず、凜は私と先輩の距離を離そうと、私の手を掴んで引っ張り上げた。

「いいから、帰るぞ」

「え?!何、香苗ちゃんの彼氏・・・?!」

先輩の声に周りが反応し、一気にざわめく。
凜は周りのことなど気にも留めず、自分の財布からお札を取り出し、テーブルに置いた。

「すみません、これで」

私は混乱しながらも自分の荷物をまとめ、凜に引っ張られながら居酒屋を後にした。

女子の歓声が上がる。
きっと、次のサークルの時に色々聞かれるんだろうな。

掴まれた手首が熱い。

なんで、どうして。
そんな感情よりも、今ここに凜がいるということが嬉しかった。

「凜、どうして日本に」

「真琴から聞いた」

本当に、真琴はおせっかいで、お人好しで。

でも、真琴から聞いて、わざわざ日本に来る凜は、

「っなあ、」

私の手を引きながら先を歩いていた凜が急に足を止め、振り返った。
その表情が今にも泣きそうで、見間違えかと思い、思わずゆっくりと瞬きをしてしまった。

「なんで、俺がいるのにコンパとか参加すんだよ?」

「あれは・・・ただのサークルの飲み会だし、」

「さっきのアイツ、お前のこと狙ってた。絶対狙ってた。俺が来なかったらどうなってたんだよ」

「ど、どうもならないよ!私は・・・っ、私は、凜のことが好きで、他の人なんて、・・・でも、やっぱり凜がいないと寂しくて、私、どうしたらいいか分からなくて・・・」

気付いたら、ぽろぽろと涙がこぼれてきた。
手で拭っても拭っても止まる事はなく、情けなくて、凜の顔を見ることができない。

「ったく・・・」

凜はぶっきらぼうにそう言うと、タオルで私の顔を拭ってくれた。

「・・・悪かった。不安にさせたな」

タオルに顔を埋めながら、私は首を横に振る。

「違う、私が弱くて・・・凜の気持ちを信じられなくて、」

凜は自分の気持ちを口に出してはくれなかった。
でも、私のことをちゃんと好きでいてくれた。
ちゃんと、私のところに来てくれた。
私の手首を掴んだ時、私の涙を拭いてくれていた時、その手には確かに愛情があった。
どうして、凜の気持ちに気付けなかったんだろう。

凜はそっと私を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめてくれた。
背中に回された手は、一定のリズムで私の背中を優しく叩く。
その心地良い刺激に、段々と気持ちが落ち着いてきた。

「香苗はいつだって俺を一番に応援してくれてたから、甘えてた。言わなくても、分かってくれるだろって。でも、真琴からお前の最近の様子とか色々聞いて、今のままじゃ駄目だって思って・・・俺が次に日本に帰って来た時に、お前が別の男のところにいたらと思ったらいてもたってもいられなくて、」

「・・・それで、日本に帰ってきちゃったの?」

「そーだよ」

顔を赤くしてそっぽを向く凜の顔を間近で見て、今までの憂いが全てどこかに消えていくのを感じた。

「・・・凜、好き」

「なっ、なんだよ急に」

「これからは、素直に色々言えるようになりたい・・・何も言わずに平気な振りをするのはもうやめる」

声を聞きたい。話したい。会いたい。
それが実現できるかどうかは関係ない。
その気持ちを伝えるだけで十分だったんだ。

「香苗・・・一度しか言わねーから、ちゃんと聞けよ」

凜はそう言うと、私の耳元に口を寄せた。

「好きだ」

そして、ちゅっとキスを落として頭を撫でてくれて、それだけであと数ヶ月は頑張れそうだなとぼんやり思いながら、凜の胸に顔を埋めた。

明日、朝一番に真琴にお礼を言おう。

2018/07/20
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -