濡れた瞳に上気した頬。薄く開かれた唇。
上昇した体温が、ダイレクトに伝わる。
安室の腕の中に納まり、ふう、と短い呼吸を繰り返す。
アルコールの香りがふわりと安室の鼻腔を刺激した。
***
「香苗さん、飲みすぎですよ」
「んふふ、そんなことないですよ」
さりげなく脈拍を測り、意識レベルを確認する。
泥酔まではいかないが、酩酊状態であることは明らかだった。
職場の飲み会があるとは聞いていたが、アルコールに強い彼女がここまで酔っているとは、どれだけ飲まされたのだろうか。
ポアロのバイト帰り、ふらふらとした足取りで帰路に着く彼女を見つけたのが自分で良かったと心底思う。
車を止め、彼女に駆け寄り名前を呼ぶと、緩んだ表情で「安室さんだあ」と言いながら、勢い良く胸に突進してきた。
難なく受け止め、胸に顔を埋める彼女の頬を優しくホールドし、瞳を覗きこむ。
とろんとしているが、意識は辛うじて保ってはいるようだった。
彼女はうっとりと目を細めている。
この表情、この体温。男にとっては毒だ。
密着する身体をさりげなく引き剥がし、車へエスコートする。
「こんな時間に酔った女性の一人歩きは危険ですよ。家まで送ります」
「だいじょぶ、だいじょうぶです」
酔いながらも遠慮する彼女をどう説得するか一瞬悩む。
「・・・・・・僕が香苗さんとドライブしたいので、少し付き合ってくれませんか?」
こくんと頷き、大人しくなった彼女を助手席に乗せた。
シートベルトを締めたことを確認し、ゆっくりと車を発進させる。
「お水、飲んでください」
ミネラルウォーターのボトルを手渡す。
ごくり、ごくり、と喉を鳴らしながら一気に水を流し込んだ。
口元からこぼれた水が首を伝って鎖骨まで落ちる様をつい目で追ってしまう。
「飲み会、楽しかったですか?」
「楽しかったです・・・・・・日本酒、いっぱいあって・・・おいしかったあ」
なるほど、日本酒か。
彼女がここまで酔った原因が分かり、ひとまず安心する。
無理やり飲まされただとか、体調が優れないだとか、そんな理由でなくて良かった、と。
"安室透"と彼女の関係は、なかなかに曖昧なものだった。
彼女は僕に好意を抱いてくれているように感じる。
元々ポアロの常連だった彼女は毛利先生やコナンくんたちとも面識があり、
僕がアルバイトとして働き始めてから打ち解けるまでに時間はかからなかった。
何度か車で送ることを口実にドライブデートをしたり、食事に行くこともある。
しかし、"安室透"として彼女と親しくできる時間は永遠ではない。
あと一歩踏み込めないのは、それが理由だった。
いつか彼女の前から消えなければいけないのであれば、深い関係にならない方が良い。
彼女を傷つけたくなかったし、僕自身が傷つきたくないのかもしれない。
それほどまで、大切にしたい存在になってしまうというのも計算外だった。
「香苗さん、着きましたよ」
「安室さん・・・・・・」
どうしました?と返す前に、唇を塞がれた。
彼女の腕が僕の首に回され、柔らかい唇が微かに開かれたのを合図に、ゆっくりと舌を進入させる。
ん、と漏れる吐息を飲み込むように。
頭にそっと手を添え、優しく口内をなぞる。
大切にしたいのに、熱と欲がふつふつと湧き上がってくる。
しかし彼女は今酔っていて、明日この行為を覚えているかすら怪しい。
名残惜しさを感じつつも唇を開放しようとしたところ、一瞬彼女の方が早く僕から離れた。
彼女は唾液で湿った口元をそっと指で拭いながら、微笑んだ。
「安室さん、ありがとう。おやすみなさい」
そのままマンションのエントランスに消えていく彼女の後姿を見送った。
その足取りは、先ほどよりもしっかりしたものだった。
2018/06/08