やだやだ。
もう、自分の色相チェックなんてしたくない。
しなくても、濁っていることが分かる。
だってこんなに心の中を穢されてしまったのだから。
正常なままだなんてあり得ない。
外にも出れない。
街頭スキャナーに引っかかるに決まってる。
1週間前に処方された薬物なんて気休めだ。
心は穢れたまま。
部屋は、オフラインにしている。
外界と私を繋ぐものは何もない。
でもきっとそのうち不審に思った管理会社がドローンを派遣してくるはず。
そうしたら私はどうなる?
施設行き?
もう手遅れだったら?
死ぬ?
私は何もしていないのに、被害者なのにどうしてそんな恐ろしい未来しか見えないのだろう。
考えれば考えるほど、きっと色相は濁るんだ。
目を、目を潰したらどうなるんだろう。
なんてふと思い、机の上に出しっ放しのハサミを見た。
「ばか…そんなことした時点で異常者…色相だってもっと…」
「そうだよ。そんなことをしても意味はない」
背後から、酷く優しい声が聞こえた。
ゆっくりと振り向くと、不思議な雰囲気をまとった青年が私を見つめていた。
「誰…どうやって入ったの…」
震える手を必死で押さえつけ、混乱する思考を落ち着かせようと唾をごくりと飲み込む。
「そんなことは関係ないんだ。大事なのは、キミが今何色なのかっていうこと」
「っ、わた、しは」
「大丈夫。キミを助けに来たんだ」
「…あなたは、誰」
「鹿矛囲桐斗」
そう名乗ると、青年は辛そうに私の瞳を見つめる。
「私の色、見えてるの…?」
「キミが苦しんでいるのは分かるよ」
そっと近いてきた鹿矛囲は私の前にしゃがみ込み、私のまぶたを優しく大きな手をかざした。
自然と目をつむる。
「大丈夫。今キミの色が何色かなんて関係ない。だってすぐに戻すことができるから」
「どうして…そんなことができるの…」
ぼーっとする頭で、必死に思考を働かせようとするが、まぶたに感じる温もりが邪魔をする。
「ねえ、篠井香苗さん。キミは一方的に他人に傷つけられた。そうだよね?色相が濁ったのはキミの資質の問題じゃない。被害者のキミがシビュラに裁かれるなんておかしいよね?」
「鹿矛、囲…私の何を知っているの…?」
「キミの色は澄み切っているということ」
目隠しをされたまま、錠剤のようなものを口に入れられた。
何故か抵抗する気が起きず、そのまま飲み込む。
それと同時に目元に置かれた温もりが離れていく。
何故か名残惜しくて、その手を追いそうになってしまった。
「ほら、キミの色は綺麗だ」
「…わた、し」
心の中を黒ずませていた靄が徐々に晴れていくのを感じた。
「なにをしたの…?」
「ちゃんと救えるんだ。キミみたいな人がこんな世界のために怯える必要なんてないってこと、分かってもらえたかな?」
にっこりと微笑む鹿矛囲に思わず見とれてしまう。
きっと今の私の色はベビーピンク。
この人に、鹿矛囲について行くまで、10分もいらなかった。
ずっとこの人の側にいないと。
そんな気がした。
2015/8/20