「あら?宜野座さん。今日はお昼早いんですね」
「ええ…午前から会議があるので早めに済ませてしまおうと思って」
嘘だ。
彼女…篠井香苗さんが働く公安局総務課の昼休みに合わせてわざわざ時間を調整してきた。
それもこれも彼女と少しでも話したいからだ。
「そうなんですか…やっぱり刑事課はお忙しいですよね。宜野座さん、有給休暇も全然消化できてないですよね?総務課としては取って頂きたいんですけど…難しいですか?」
彼女と知り合ったのも、有給休暇を取れずに労務規定を超える時間働き詰めで調査が入ったのがきっかけだった。
彼女は単に仕事だからではなく、本気で俺の身体を気遣ってくれている(ような気がする)。
そうやって彼女に気遣ってもらうだけで色相はクリアカラーになり疲れなどどこかに吹き飛んでしまうのだが、そんなことを言えるわけもなく。
「そうですね…しばらくは仕事が立て込んでいるので…でも総務課の心遣いには感謝してます」
「そんな…刑事課の方々がいらっしゃるから安全な社会が保たれていて、だから私もこうして働いていられるんです。なので感謝するのは私の方ですよ」
そうやってふわりと笑う彼女を見ていると、胸が締め付けられるような切なさと同時に、身体からすべてのストレスが消えていく。
彼女がいつも側にいてくれたら…自分にだけ微笑む彼女を想像して、思わず口元が緩むのを感じた。
「なんだか宜野座さん幸せそうですね?いいことでもあったんですか?」
余程蕩けた顔をしていたのか、彼女は首を傾げながらそう言った。
「いや、篠井さんとお話しているとなんだか安心して、癒されるので…」
「え……?」
「っ、俺は何を言ってるんだ…!…わ、忘れてください」
つい本音がこぼれてしまい、柄にもなく取り乱してしまった。
火照った顔を背け、わざとらしく眼鏡を上げ、この落ち着きのなさはまるで中学生のようで、我ながら呆れるほどにわかりやすい。
「…そんな嬉しいこと言われて、忘れられませんよ…」
「は…?」
少し俯いた彼女の口から予想外の言葉がこぼれ、思わず間抜けな声が出た。
「っ…宜野座さん、お顔が赤いですよ…?」
「…そういう篠井さんも」
互いに頬を赤く染めた様子がなんだか可笑しくて、二人で笑ってしまった。
「あの、今の仕事が落ち着いたら食事に誘ってもいいですか…?」
「…はい、喜んで」
彼女の返事を聞いた瞬間、俺は溜まりに溜まった仕事をどう片付けるか考え始めていた。
(その笑顔のためなら何だってできそうな気がする)
2013/3/3