※槙島の元を去った後のお話





彼と一緒に在る限り、私はこの世界の異端であり、誰一人同じ立場の人間などいない。
彼もきっと私がこの世界に来るまでは同じような孤独を感じていたはず。
私に彼の孤独を癒せても、彼は私の孤独を癒すことはできない。
この世界の人間ではない私の孤独を癒せる人間なんて、ここにはいない。

この世界に対する彼の憎しみは理解できた。シビュラシステムの異常性は否定できないし、そんなものに従って生きるだなんて真っ平御免。

でも、それでも、私はこの世界に少しでも馴染みたい。そう願ってしまった。

きっとそれは彼以外の、この世界の秩序に逆らうことなく流れに身を任せて生きていながらも、幸せな日々を送っている人々と関わるようになったから。
私の事情なんて知らない人たちからすれば、私はただの人間にすぎない。その中に紛れてしまえば、孤独を感じずに済むのではないか。そんなことばかり考えていた。

自分の元いた場所に戻る方法なんてわからない。だから、この世界で生きて行く術を自分で探さなければいけない。死ぬまで彼が作り出す居心地の良い鳥籠の中で過ごしていてはいけないのだから。
出て行くことが赦されないはずの鳥籠の鍵はいとも簡単に開いてしまった。赦されない、とただ思い込んでいただけだったのかもしれない。

鍵はずっと前から開いていたのに、そこから飛び立つ勇気が私には無かっただけ。




「美智さん…?」


「っ……ごめんなさい………ちょっとぼんやりしていました」



思考の海に溺れそうになっていた美智を現実世界に引き戻したのは宜野座伸元の声だった。
宜野座は淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを渡しながら、不安そうに美智の様子を伺う。



「どうぞ、身体があったまりますよ」


「…ありがとうございます。貴重なお休みなのに突然お家に押し掛けてしまってすみません…」


「いえ、休みだからと言って特に出掛けることもしないので……っ…その…、突然『会いたい』だなんてメッセージがきて驚きましたけど………嬉しかったです、…し…」



徐々に声が小さくなっていく宜野座の頬は赤く染まっている。



「頼れる人が宜野座さんしかいなくて…ご迷惑だとは思ったんですけど」


「迷惑だなんてまさか!!!…あっ……その、何があったのか分かりませんが、俺に何かできることがあればお手伝いしますので…!」



そう必死に訴えかける宜野座を見て、美智は罪悪感を覚えた。


これでは、彼の優しさを利用しているだけではないか。
思えば初めて出会った時から彼の優しさに甘えている。
それからも何度も気にかけて連絡をくれたり、食事に誘ってくれたり、私の孤独を埋めようとしてくれた。
彼や、彼が紹介してくれた狡噛さんや佐々山さんと一緒にいる時は孤独を感じることはなかった。
鳥籠から抜け出す勇気をくれたのは彼だった。
でも結局私は一人で生きていく勇気がなくて、こうやって優しさに縋ろうとしている。



「…私、一人で生きていけるだけの強さが欲しいんです。そう思って飛び出してきたのに、こうやって宜野座さんの優しさに甘えて同じことを繰り返そうとしてる…」



聖護さんと一緒に過ごした時間はかけがえのないもので、私にたくさんのものを与えてくれた。
そして、この世界に来るまで気に留めたこともないような問題について考えて、それを言葉にすれば聖護さんは褒めてくれた。過ごした時間の中で彼が人に向ける興味は熱しやすく冷めやすいことを知り、私もいつか彼の興味が向けられなくなるだろうと思っていた。その時が、私の最期だと。
でも彼の興味は弱まるどころか強さを増し、いつしか彼は私に一種の信仰のようなものを見出した。
槙島聖護の孤独を癒し、救えるのは城山美智だけだ、と。
そんなはずはないのに。どこにでもいるような普通の女のはずだったのに。
プレッシャーを感じていたのかもしれない。もう考えることに疲れてしまったのかもしれない。

彼の側に、私はいるべきではなかったのだ。



「…甘えてください。貴女は、ずっと一人で頑張ってきたのでしょう?せめて、俺にくらい…甘えてください」



その言葉を聞いて、美智の中にわだかまっていたものが堰を切ったように流れ出した。



そうだ、聖護さんといても私はいつも一人だった。
彼は私を見てはくれなかった。彼が愛していたのは私ではなく、私の中に見出された偶像だったのだ。
だから愛される度に心が痛み、満たされることがなかった。



「宜野座…さん……っ……!」



美智は縋るように宜野座に抱きついた。
大粒の涙を零し、嗚咽を洩らす彼女を宜野座は戸惑いながらも、しっかりと抱き留めた。
ぎこちない手つきであやすように背中をさすり、美智の溢れ出す想いを受け止める。



「心の整理がつくまで、こうしていましょう」


「すみません…っ…わ、たし……」


「今までよく頑張りましたね。貴女は一人じゃないですよ。俺でよければずっと側にいますから……」



触れる手つきはどこまでも優しく、美智はこの世界に来てから感じたことのない安心感に包まれていた。

(全てを曝け出したって構わない)

2013.9.29
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