時間というのは誰にでも平等に与えられる。

気まぐれに誰かの時を止めることは決して赦されない。


シビュラの決定に従いただ引き金を引けば人の命の時間を永遠に止めることができる。そこに意思は無くとも、ただ手順通りに指を動かせば、それで。

そんな世界に違和感を覚えた。
だからこそ彼女は彼の傍に寄り添うことにした。

しかし彼もまた人の時を止めることに躊躇しない。目的のためならばむしろ喜んでそうするだろう。それは確固たる彼の意思に基づいた行動である。


どちらが残酷だろうか。
わからないが、ただ、どちらも正しくない。彼女はそう感じていた。






「ねぇ、聖護さん」




僕と彼女が出会ってからもう数年。その年月は彼女の心の中に無意識の内に作られていたであろう防衛壁を徐々に崩し、僕たちの関係は出会った頃よりも更に親密なものになっている。彼女が僕のことを名前で呼ぶようになったのはいつのことだったか。堅苦しい言葉遣いをしなくなったのはいつのことだったか。

だがその一方で彼女は内に秘めたものを上手く隠すようになり、この僕ですら推し量ることができない。だが僕の方も彼女の目に触れないところで残酷な遊びに興じているのだからお互い様だとも言えよう。聡い彼女はそのことに随分前から勘付いているようだが核心に迫るようなことはしない。そうすれば、この均衡が崩れてしまうと本能的に察しているのだろう。
互いのことを知れば知るほど彼女の心は離れていく。僕はこんなにも惹かれているというのに。何年も僕の心を満たし続ける彼女はやはり稀有な存在だった。



「なんだい、美智」


「私、最近この世界も悪くないなって思い始めたの」


「…シビュラシステムに支配された、このつまらない世界が?」


「うん」


口を付けていた彼女好みのシンプルな花柄のティーカップを静かにローテーブルに置くと、槙島は彼女の真意を探ろうと瞳を覗き込んだ。


「表面的な平和が同じように毎日繰り返されていって、人々は予定調和な人生を単調に過ごしていくだけ。全部が作りものみたいで、最初はそれがすごく気持ち悪かったの。シビュラというよくわからないものに全てを決められて、誰も疑いもせずにその言いなりになって、何が楽しいんだろうって思った。シビュラに弾かれたら何も悪いことをしていなくてもお先真っ暗だなんておかしいって。でも、最大多数の最大幸福……そうやって考えるとよくできたシステムだと思うの」


「機械的に与えられた幸福で、キミは満足できるとでも?」


「私はー………」



美智は一度言葉を切り、少し冷めてしまったダージリンを一口含んだ。



「自分で掴み取る幸せを知ってさまっているから満足できないでしょうね。でも、この世界のほとんど人にとっては与えられることが当たり前だから、それが不幸だとは思っていない。いつだって最大多数に合わせざるを得ない…マイノリティが生きにくいのは、きっとどんな世界でも一緒」


「何を、言いたいんだい?」


「もしそのマイノリティが優秀だとしても、最大多数を覆すことなんて無理だと思うの。だって世界の仕組みそのものを変えてしまうようなものだから。同じ価値観を持った人が側にいれば、世界の秩序を変える必要なんてない。私はそう思うのだけど、どうかしら」


「…そうだね。キミの言いたいこともよく分かるよ。でもね、美智。せっかくキミという素晴らしい人が傍にいるのに、僕らが存在するこの世界はあまりにもつまらない。興醒めだと思わないかい?」


「…あなたは、世界と私、どちらを選ぶの?」


「……今日はまた随分と無粋な質問をするんだね」



目を細め、見定めるかのように槙島は美智を見つめる。
以前の彼女なら困ったように眉を下げるか、はにかむか。そのどちらかだっただろうに、今は臆すことなく受け止め、彼の言葉を促す。
その変化は彼にとっては喜ばしいことの一つであるはずだった。だが彼はそんな彼女の変化に些か危惧を抱いた。
籠の中でか弱くさえずる小鳥がいつの間にか、今にも艶やかな羽を広げて大空へ飛び立ってしまいそうなほどに息巻いている。



「…僕は、キミも世界も手に入れるつもりなんだけどな」



美智はじっと槙島を見つめた。
その透き通った瞳は彼を捉えてはいるが、そこに彼の姿は映っていない。



(嗚呼、キミは僕の望む結末を与えてはくれないんだね。)



そこに自分が映っていないことを認めると、言いようもない虚無感に襲われた。



「美智」



槙島は美智を優しく抱き寄せ、その首筋に顔を埋めた。



「…聖護さん?」


「僕は、いっそキミのことを殺してしまいたいよ」



背中を支える彼の手に力が入った。
滅多に見せることのない"苛立ち"という感情がそこには篭っている。



「キミは僕のためにこの世界に存在する、そう確かに言ったね」


「ええ、言ったわ」


「なら、どうして僕の傍から離れようとするんだい」


「……その答えは自分で探して?」



首筋に寄せられた彼の唇に一瞬自分の唇を重ね、「ありがとう」、と一言残し、彼女は部屋から出て行った。

力ずくで引き止めることなんていくらでもできるが、彼はそうすることができなかった。

小鳥が飛び立つ姿は、とても美しかったのだ。枷が外れた小鳥はきっと今まで以上に美しい声でさえずるのだろう。
その姿を見てみたい、純粋にそう思った。ただ、それだけのこと。

(さよならの言葉はいらない)

2013.8.30
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