08


『・・・彼が、自分で「降谷零」だと名乗ったんですか?』

一瞬の沈黙の後、沖矢さんがそう問いかけてきた。

「そうです、あの、彼のことをご存知ですか?」

『知っていると言えば、知っていますね』

「それはどういう・・・?」

『とにかく、彼に保護されているなら問題ないとは思いますが少々引っかかります。何があったのか詳しく聞きたいので、僕と会ってくれませんか?』

「私も記憶を取り戻すためにそうしたいんですけど、その・・・ちょっと厄介なことに巻き込まれているらしく、安全を確保するために外出してはいけないと言われているので外に出れないんです」

『大丈夫です。遠くには行きませんし、お迎えに上がります。僕は直接彼に連絡することは出来ませんが、共通の知り合いに連絡しておきます』

「あの、でも、零さんに確認しないと・・・」

それに、沖矢昴という男性がどういう存在なのか、今の私には分からない。
完全に信用しきれない自分がいた。

『ああ、今のあなたにとって僕は知らない男ですからね。不安になるのも無理はないです』

心を見透かされているようで、心臓が跳ねる。

でもそれを不快に思うわけではなく、沖矢さんが語る私との関係に耳を傾けた。

私がポアロという喫茶店の常連だったこと。
ポアロの上にある毛利探偵事務所の関係者とも仲が良かったこと。
沖矢さんとはその毛利探偵事務所の関係者を通じて知り合ったこと。
私が沖矢さんに料理を教えたことをきっかけに、友人関係が続いていたこと。

沖矢さんの話を聞いているうちに、頭にぴりっとした痛みが走った。

「っ・・・」

『さやかさん、どうしましたか?』

「頭が・・・」

その瞬間、眼鏡をかけた糸目の男性のイメージが浮かんだ。

「沖矢さん、もしかして眼鏡をかけていますか・・・?」

『かけていますが・・・何か思い出しましたか?』

「眼鏡をかけた長身の男性、蝶ネクタイをした小学校低学年くらいの男の子・・・それから、喫茶店でコーヒーを飲んでいて・・・っ」

『無理に思い出そうとしなくても大丈夫ですよ。とにかくそちらに向かいます。住所は分かりますか?』

「住所は・・・」

地図アプリで調べた住所を告げた。
割れるような頭の痛みのせいで、これ以上何も考えることが出来なかった。

「零、さ・・・」

そこで、私の意識は途切れた。


私の名前を呼ぶ沖矢さんの声が聞こえていたのに、私が呟いたのは零さんの名前だった。


***


「沖矢さん」

「・・・あなたは」

「そんなに急いでどちらに行かれるんですか?」

彼女と沖矢昴の通話を盗聴し、すぐにマンションの方へ向かった。
状況から見ると記憶が戻りつつある彼女は倒れてしまったようで、すぐにでも駆けつけたかったが、まずは沖矢昴を止めなければならない。

彼女と沖矢昴がそれなりに親密な関係であることは知っていた。
ただの友人だと彼女は言っていたが、彼がどう思っているのかは不明だ。
それに、まだ沖矢昴が赤井秀一と同一人物だと疑っていることもあり、今の彼女と接触させることは避けたい。

「・・・大事な女性が倒れたようでして、急いでいるんです。そこを退いてくれませんか」

マンションまでの一本道に愛車を止め、道を塞ぐように俺は立っていた。
当然、沖矢昴が運転する車は通れない。

「さやかさんですよね。彼女なら大丈夫ですよ。彼女の親しい方が保護していますから」

「・・・何故あなたがそれを?」

「僕も、彼女と親しくさせていただいているので」

「彼女は記憶を失っていると言っていましたが、適切な治療は行っているのでしょうか?」

「ええ。問題ありませんよ。きちんと保護しています。ですので、今日のところはお引取りください」

人好きのする、”安室透”の顔でにっこりと微笑む。

「・・・さやかさんの意識が戻ったら、必ず連絡をください」

「分かりました」

沖矢昴はをゆっくりと瞳を開け、俺の真意を問うかのように見据えた。

「もし、彼女の意思を無視して縛りつけようとしているのであれば・・・攫いに行きますので」

「・・・ご心配には及びませんよ」

俺を一瞥すると、沖矢昴は車に乗り込みその場を後にした。
その姿を見届け、俺も自分の車に乗り込むとマンションへと向かった。


***


「・・・さやか」

さやかは、ソファに上半身を預けるように倒れていた。
硬いフローリングに倒れこまなかったのは幸いだ。

名前を呼びかけ、青白い頬を優しく撫でる。

まぶたがぴくりと動き、長いまつ毛が微かに揺れた。

「ん・・・」

「さやか、大丈夫か・・・?」

「あれ・・・零さん・・・お仕事は・・・っ・・・」

表情を歪め、頭を押さえる。

「頭、痛むのか?」

「記憶が・・・あ・・・沖矢さん・・・私、沖矢さんと連絡を取って、それで、この場所を沖矢さんに教えてしまって、」

「大丈夫、大丈夫だから、喋るな。ソファに横になって」

さやかの身体をゆっくりと抱き起こし、ソファに横たわらせる。

「息を、ゆっくり吸って。吐いて。吸って」

さやかは俺の声に合わせてゆっくりと呼吸をすると、少し落ち着いたようだった。

「記憶が急に戻って混乱しているんだろう。無理に思い出そうとしなくていい」

さやかは弱々しく頷くと、ゆっくりと目を閉じた。

2018/07/13


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