04


私はまだ外に出ることは出来ないけれど、リハビリのつもりで家事をすることにした。
一緒に暮らし始めてから数日ではあるが、零さんの完璧な家事を見た後では、なんだか心苦しいけれど、私は自分に出来ることをやろうと思う。

零さんは、料理が上手。
掃除も、洗濯も、丁寧できっちりしている。
何でもそつなく、一定の水準以上のクオリティで仕上げる。

私も一人暮らしをしていたおかげか、記憶は無くても一通りの家事はスムーズに出来た。
料理も自分で食べる分には問題はないが、人に、それも料理上手な零さんに食べてもらうにはいささか不安が残る。

かっこよくて、優しくて、国を守る立派な仕事をしていて、生活能力も高い零さん。

そんな零さんが何故私と付き合っていたのか、零さんのことを知れば知るほどわからなくなる。

記憶を無くした私が零さんと暮らし始めて1週間ほどが経つが、零さんは仕事を調整してくれていたのか、日が沈む頃には帰って来てくれていた。

記憶が曖昧な私は頼れる人が零さんしかおらず、とても心強かったが、その一方で申し訳ない気持ちや情けないような気持ちに苛まれていた。

それを悟ったのか、ただ単に仕事が忙しくなったのかは分からないが、今日から通常通りに仕事をするとのことで。

私は零さんがいつ帰ってきても良いように、夕食作りを始めた。

時間が経っても美味しくて、もし今日食べなくても冷凍保存できそうなものを・・・と考えたら、キーマカレーが思い浮かんだ。

キッチンの食料庫には、独身男性の一人暮らしとは思えないほど、豊富なスパイス類が常備してあった。
キーマカレーならわざわざ買出しに行かなくても材料は揃っている。
心配性な零さんは、私の外出を許可してくれない。
記憶を思い出すためにも、外の刺激を受けた方が良いと思ったが、零さんは私が外に出ることを望んでいないようだった。
また、危険な目に合わせたら・・・と考えているのだろう。


「・・・過保護」

「誰が?」

「わ、わあ!零さん・・・!帰ってたんですかっ・・・」

後ろから抱きしめられ、首筋に顔を埋められた。
ふわっと零さんの香りが広がって、どきどきする。

「いや・・・また出ないといけないんだけど、泊り込みになりそうだから顔を見ておこうと思って」

「泊り込み・・・」

私がそう呟くと、零さんは私の顎に手を添えて後ろに優しく引き込み、私の顔を覗き込むように優しく口付けを落とした。

「・・・寂しい?」

「・・・寂しくないって言ったら嘘になりますけど、私が零さんを独り占めするわけにはいかないですから」

「素直だな」

ぽんぽん、と撫でられた頭を反射的に押さえる。

甘やかされている自覚はある。
このままぐずぐずに甘やかされて駄目になってしまうんじゃないかというほどに。
それでも、私を甘やかす零さんはとても幸せそうな表情をしているから、それもいいかな、なんて。

「ご飯食べる時間、ありますか?」

「もちろん。美味しそうだ」

「お口に合うと良いんですけど・・・用意するので、座っててください」

「ありがとう」

腰に添えられていた大きな手がするりと解け、一抹の寂しさを覚える。
そんな気持ちを振り払うように、お皿を取り出そうと棚へと向かう。

「独り占めしてもいいのに」

そう呟く零さんの声が聞こえた気がしたけれど、そう言って欲しいと思う自分が作り出した幻想だろう。

***

よくよく話を聞くと、数日間泊り込みで仕事になるらしい。
着替え等を手際良くまとめていく零さんを見つめながら、私は食材をしまっていた。

数日間帰れないことを見込んで、零さんは数多くの食材を買い込んでくれた。
「買い物くらい、自分で行けます」と言ったのだが、却下。
零さんがいない間、外に出ないことを約束させられた。
「僕がいない間に、またさやかが危険な目に合ったりでもしたら、僕はもう二度と自分を許すことができない」なんて、綺麗な顔を歪ませて言う零さんを見たら、頷かざるを得なかった。

零さんの家には読みきれないほどの本があるし、数日間一人で家に篭るのも問題ない。

それでも、仕事に向かう零さんの後ろ姿を見て、もしこのまま戻ってこなかったらどうしよう、などという考えが浮かんで、そんな自分が嫌で仕方がなかった。

たった一週間ちょっと一緒に過ごしただけで、彼がいなくなる想像で心が傷つくほど依存している事実に眩暈がする。

「さやか、」

そんな私に零さんは少し困ったように、でもどこか嬉しそうに微笑んだ。

「大丈夫。さやかがここで待っていてくれるなら、僕は絶対に帰って来るから」

言い聞かせるように優しく呟くと、零さんは私のおでこにキスを落とし、髪をくしゃっと撫でた。

「行ってきます」

「行って、らっしゃい」

唇にして欲しかったな。なんて、ワガママかな。

2018/07/08


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