03


これからどうするか。

私が目覚めた部屋は、零さんが潜入捜査用の身分で借りている、普通のアパートだそうで。
零さん名義で借りているセキュリティの高いマンションに移動することを提案された。

一旦自分の家に帰ったり、家族と連絡を取りたいと言ったが、いつどこで組織の目に触れるか分からないからと却下された。
必要そうな荷物は後で零さんが持ってきてくれた。
(私が使用していたスマートフォンなども傍受される可能性があるということで、零さんに預かってもらうことになった。)

つまり、私は零さんのマンションで、零さんと一緒に暮らすことになった。

いつまでかは分からない。
私の安全が確保できるまで、と言われた。

「突然知らない男と暮らすことになって困惑してるだろうけど、不自由な思いはさせないから・・・・・・安心してほしい」

自分のことを"知らない男"と表現する零さん。

確かに今の私にとっては知らない男だが、彼とは恋人同士だったはずだ。
きっと私は大切にされていただろうし、私も零さんのことを大切にしていたんだと思う。
記憶が戻るまでは前と同じように接することは出来ないけれど、なるべく彼の気持ちに寄り添いたい。

「知らない男だなんて・・・・・・私には頼れる人が零さんしかいませんし、信頼してます。しばらくお世話になります」

高層マンションの上階にある部屋の玄関で、私は頭を下げた。
まだ上手く歩くことが出来ず、バランスを崩しそうになったところを零さんに支えられる。


「おっと。まだ本調子じゃないんだから、気をつけて。自分の家のようにくつろいでくれたら僕も嬉しい」


零さんに支えられながら、リビングに通される。
最低限のシンプルなインテリアに飾られたセンスの良い部屋は、まるでモデルルームのようだった。

記憶を無くす前に、私はここに来たことがあるのだろうか?

生活感の無い部屋で、なんとなく落ち着かない。


「すごい・・・モデルルームみたい。素敵なお部屋ですね」

「生活感が無いだろ?最近はあっちのアパートにいることが多かったから。でも今日からはここをメインに使うことにするよ」


「帰ったらさやかが家にいると思うと、仕事も捗りそうだ」と付け加えた。
そういうことを真顔でさらっと言う零さんに、一々どきっとしてしまう。
一緒に暮らすのだから、慣れないと。


「僕は仕事上外出していることも多い。僕がいない時は部屋から出ないでほしいんだけど、良いかな。この部屋のセキュリティは特注だから、安全は保障する」

「はい、大丈夫です」

「食材や日用品で必要なものがあったらいつでも言ってくれ」

「ありがとうございます」

「さあ、今日はもう疲れただろう。簡単に夕食を作るから、ゆっくりお風呂に入っておいで」

そういえば、3日間も眠っていた割りに、私は小奇麗な格好をしていた。
もしかしたら零さんが身体を拭いたり、着替えさせたりしてくれていたのだろうか。
その様子を想像してしまい、顔が微かに熱を帯びるのを感じた。
それを隠すかのように、零さんから受け取ったバスタオルと着替えに顔を少し埋めながら、バスルームへと向かう。

背後で零さんが、「・・・・・・まいったな」と呟く声が聞こえた。

***

清潔なバスルームでゆっくり湯に漬かり、緊張が解れたのか急に身体が重く感じた。
零さんに渡された部屋着に袖を通す。
女性もののTシャツとスウェットパンツは、真新しい物のようだった。
髪の水分をタオルで拭きながらリビングに向かうと、美味しそうな出汁の香りが私を迎えた。

「美味しそうな香り・・・」

思わず口に出して感想を述べると、キッチンに立っていた零さんは振り向き、私を見て怪訝な顔をした。

「髪、まだ濡れているじゃないか。風邪ひくぞ」

「あ・・・ドライヤー、使っていいかわからなくて」

「自分の家のようにくつろいでくれと言っただろ。家にあるものは自由に使ってくれ・・・・・・そこ、座って」

言われた通り、素直にソファに座る。

キッチンを一度離れた零さんは、すぐに戻ってきた。

ドライヤーを持って。

「すみません、ありがとうございまー・・・」

ドライヤーを受け取ろうとしたが、零さんは楽しそうに首を振る。

「僕がやる」

「え、でも、そんなに甘やかされるわけには・・・」

「僕が甘やかしたいんだ」

そんなに優しい顔をして、甘い声で囁かれたら、頷くことしかできない。
多分、私は今耳まで真っ赤になっている。

「じゃあ、お願い、します」

しどろもどろになりながらもお願いすると、零さんは私の隣に座り、自分の方に身体を傾けるように促してきた。

ゆっくりと身体を預けると、温風と共に零さんの手が優しい手つきで私の髪を撫でる感触がした。

どっどっど、と心臓が大きく鼓動を刻む。
思わず身体に力が入るが、背中から感じる零さんの温かさと、壊れ物を扱うかのような丁寧な手つきに誘われて、段々とリラックスし、頭の中がぼんやりする。

たった1日で、色々なことがあった。
多分、自分ひとりでは何もできなかった。
零さんがいてくれて良かった・・・そんなことを考えているうちに、一瞬寝てしまっていたようだ。

「はい、終わり」

零さんの優しく甘い声が耳元で聞こえ、びくりと肩が跳ね、反射的に振り返る。

「あ、ありがとうございま」

す、と言い終わらないうちに、唇を塞がれた。

ちゅ、と一瞬唇が触れ合うだけの優しいキス。
唇にじんわりと熱が伝わり、しびれるような感覚がした。

至近距離で見た零さんの顔はやっぱりとても綺麗で、どうしてこんな人が私のことを愛おしそうに見つめるのか、単純に不思議に思ってしまう。

羞恥心も限界を超えると、まるで夢を見ているかのような感覚になるらしい。

私は、離れていく零さんの唇をぼんやりと見つめていた。

2018/07/07


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