02

差し出されたマグカップには、人肌程度まで冷まされた白湯が入っている。
口に含ませると、すっと身体に吸収されていく心地良い感覚がした。

目の前に座る零さん(私は彼のことをそう呼んでいたらしい)は、穏やかな顔をしながら私の様子を見守っている。

零さんは、警察官だそうだ。
いわゆる"お巡りさん"ではなく、警備企画課というところに所属していて、国を守ることが使命のキャリア組。
本当は所属等を公開できないようなポストにいるらしいが、私には打ち明けていたらしい。
この素敵な人に、そこまで信頼されていたのだと思うと、なんだかくすぐったい。

零さんの言っていることを疑っていたわけではないが、こんなにかっこいい人と付き合っていただなんて信じられないし、自分のことも分からないまま知らない男性の家で目覚めたため一応警戒はしていたが、警察手帳を見せられて安心した。

零さんは潜入捜査をしており、危険な組織と繋がりがあるそうだ。
具体的なことは話せないらしく、大まかなことを教えてもらった。
安全のために私という恋人の存在は隠されていたが、組織のいざこざに巻き込まれ、意識を失ってしまったらしい。
(零さんは言葉を濁していたけれど、たぶん人が亡くなったりショッキングな場面を見てしまったんだと思う)
様々な事情から入院させることが出来ず、零さんの家に引き取られた。
先ほど警察関係者の医者が来て診察してもらったが、特に問題はなく、おそらく精神的なショックが原因で一時的に記憶を失っている可能性があるとのこと。

 ゆっくり静養してまずは体力を回復させること。
 自己防衛機能として一時的に記憶を失っている可能性があるので、無理に思い出そうとしてはいけない。
 落ち着いたら時期を見てカウンセリングを受けること。

そう言い残し、医者は帰って行った。

零さんは「僕のせいでさやかを危険な目に合わせた」と何度も何度も謝ってくれたが、正直現実味がない。
今の私には記憶が無いし、そんな大変なことに巻き込まれた自覚も無く、どうして良いのかわからない。
ただ、目の前にいる零さんが本当に私のことを大切に想っていることは伝わってきた。

この人の側にいよう。側にいてもらおう。そうすれば、きっと大丈夫。
そう、自分に言い聞かせた。

さやか。
それが私の名前。
なんとなく聞き覚えがあるような気がしなくもない。

降谷零。
それが彼の名前。
残念ながら全く聞き覚えがなかった。

でも、その穏やかな表情はどこか懐かしさを覚える。

零さんの顔をじっと見つめてみる。

「僕の顔に何かついてる?」

「すごくかっこいいなと思って」

「・・・はは。照れるな」

賞賛の言葉はたぶん言われ慣れているはずなのに、零さんは本気で照れているように見えた。

「私と零さんは、いつから付き合っているんですか?」

出会いは?告白はどちらから?どうして私を好きになったの?

聞きたいことは山ほどあるが、ひとつひとつゆっくり聞こう。


「半年前かな」

「どこで出会ったんですか?」

「仕事先で」

「仕事先?私も、警察関係者なんですか?」

「いや、潜入先のお店でね。さやかは普通の会社員で、そのお店の常連さんだったんだ」


私の仕事先には休職届けが出されているということも教えてくれた。
記憶が無い状態では仕事は出来ないだろうし、ありがたい。


「お付き合いするきっかけは何だったんですか?」

「・・・・・・僕の一目惚れ、かな」


鏡で見た自分の顔は、良くも悪くも平凡な顔だった。
零さんのような見目麗しい男性に一目惚れされるような容姿では無いので、頭にハテナが浮かぶ。


「ん?何だか不思議な顔をしているな」

「一目惚れって・・・私に?」

「ああ。一瞬で好きになった」

どきっとした。
あまりにも愛おしそうな目で私を見るから。

でも、零さんが好きになった私は、本当に私なのだろうか?
いや。
記憶が無い私は、彼が好きになった私じゃない。

ちくり、と胸に痛みが走る。

「・・・思い出せなくて、ごめんなさい」

「謝るのは僕の方だろ。さやかは何も気にしなくていい。今こうして僕の隣にいてくれれば、それで」

マグカップを持つ手をそっと握られ、テーブル越しに零さんの顔が近付く。
あ、と思った次の瞬間には、唇が触れていた。

「愛してる」

私は、この人の気持ちに報いることができるのだろうか。

2018/07/06


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