01
私の記憶は、彼の部屋から始まる。
***
まぶしい。
光に誘われるように目を開けると、そこは知らない部屋だった。
清潔な白いシーツは、微かに柔軟剤の香りがする。
私には大きすぎるセミダブルのベッド。
身に着けているコットンのシャツは、きつすぎず、緩すぎず、ジャストフィット。
頭が重く、思考が鈍い。
ゆっくりと手を握ると、関節が軋む感覚がした。
私はいったいどれくらい眠っていたのだろう?
目覚める前の出来事が、もやがかかったかのように思い出せない。
思い出せる限り遡って記憶を追っていこうとしたが、頭に浮かぶのは断片的な情景だけで、何一つ思い出せない。
自分の名前、すら。
背筋に寒気が走った。
そっと自分の頭を触ってみる。
特に外傷は無いようだった。
頭でも打ったのかと思ったが、そうではないようだ。
精神的なものかもしれない。
ここがどこかは分からないが、清潔に整えられた室内の様子や窓から見える景色を見る限り、危険な場所ではないようだった。
とにかくこの部屋から出よう。
何か手がかりになるものがあるかもしれない。
そう思ってベッドから起き上がり、立ち上がろうとした。
が。
がたん
脚に力が入らず、サイドテーブル目掛けて倒れこんでしまった。
派手な音はしたが、それほど痛くはない。
ゆっくりと立ち上がろうとした時、ドアの向こうから人の気配がした。
咄嗟に身を硬くし、ドアの方に視線を向ける。
「さやかさん?!」
ドアを勢いよく開けて入ってきたのは、整った顔立ちをした青年だった。
褐色の肌に、明るい髪。そして、美しい青い瞳。
とても驚いた顔をしながら、私に駆け寄ってきた。
その口から出たのは私の名前なのだろうか。
「よかった・・・目が覚めたんですね」
「・・・私、どれくらい眠っていたのでしょうか」
「3日間です」
3日間ずっと眠ったままだったとしたら、身体が上手く動かないのも納得できる。
声も出しにくく、こほん、と一度咳払いをした。
「どこかぶつけましたか?身体に違和感はありませんか?問題が無ければ、水分を摂りましょうか」
その男性は、私の身体に傷が無いか注意深く確認していた。
知らない男性に身体を触られるのは抵抗があるはずなのに、不思議と不快感はなかった。
「身体は少し動かしにくいかなって感じですけど、もっと大きな問題が・・・・・・」
「どうしました?」
男性は顔を上げ、不安そうに私を見つめる。
「あの・・・・・・何も思い出せません」
目を見開き、固まる。
「自分のことも、あなたのことも」
語尾は消え入りそうだった。
目の前の男性は一瞬項垂れた後、私の瞳を見据え、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「・・・・・・あなたは、さやか。
僕は、降谷零。あなたの恋人だ」
その青い瞳の奥に、一瞬恐れとも喜びとも言い表せない複雑な感情が見え隠れしたのは気のせいだろうか。
2018/07/06