私は今、大人になろうとしている。





芸能界というところは少女であろうが商品価値さえあれば大人ーーそれもとびっきり特別な存在として扱われる。
権力者に気に入られてパーティにでも呼ばれればアルコールを当たり前のように勧められるし、淫らな遊戯に興じることともあるだろう。


同じ年頃の少女たちと比べ大人の世界というものに触れていた結だが、だからといって自分が特別であるとか、大人だとか、そんなことは感じたことはなかった。


初めて家族に対する以上の感情を自覚して凛と唇を合わせた時、確かに自分は大人の階段を上り始めていると感じた。
それでもまだ凛も自分も未熟で、愚かで、そして世間とは隔絶された場所で少しずつ、一緒に大人になっていくのだと信じていた。そのために、側にいなくてはいけない、と。


肉体的な成熟や経験なんてものは私が"大人"になることとは何も関係なかったんだなあ、とぼんやりした頭で結は考えていた。




「ねえ、宗介くんは凛のことが好きなんじゃないの?」



離れていく唇を見つめ、結はぽつりと呟いた。

唇の柔らかさの余韻を打ち消すような一言に、宗介は思わず目を見開く。



「私ね、宗介くんは凛のことが好きなんだと思ってた」


「……それは、どういう意味だ」


「私と凛は確かに二人で一つだけど、私は、凛じゃないよ」


「……んなこと分かってる。俺は、凛のことは大切にー…親友だと思ってる。でも結に対する感情はそれとは違う」



「男の子のことはよく分からないけど、宗介くんが凛に求めていたものを私はあげられない。ライバルにもなれないし、仲間にもなれない。一緒に泳げないし、きっと凛と泳いでいる時以上の充実感は私と一緒にいても得られない」


「別に、お前にそんなことは求めていない」


「そうかな」



結の問い掛けに答える代わりに、宗介は再び唇を重ねた。
抵抗もしない、受け入れもしない、そんな結の態度に痺れを切らし、薄く開いた唇を深く貪る。
身長差から宗介は上から覆い被さる体勢になり、体重を支えきれなくなった結の華奢な腰を抱く。
そこで結は初めて抵抗らしい抵抗ーー密着する身体を拒むように手を伸ばしたが、宗介はその手を力強く捕らえてしまった。



「っはぁ………ねぇ宗介くん、もし宗介くんが泳げなくなっても、凛にとっての宗介くんは何も変わらないよ。ライバルで、仲間で、ずっと大切な人」


「っ、……どういう意味だ?」



肩のことは、まだ誰にも知られていないはずだ。
いつも側で練習をしている凛にも気付かれてはいない。
だから結が知るはずはないのだ。



「そんなに怯えないで。宗介くんに必要なのは、私じゃなくて凛でしょ。凛も、宗介くんを必要としてる。私とは全然別の、男の子にしかわからないところで」



宗介を見つめているはずなのに、その瞳は宗介のことを映してはいなかった。
宗介はそれに気付き、掴んでいた結の手をそっと放す。



「あのね、宗介くん。私、宗介くんに嫉妬してるの。私にはあげられないものを凛にあげられるから。だからー…」



あなたのこと、好きになってあげない。



耳元で囁かれた言葉は残酷で、それなのにとても甘やかだった。

耳元に寄せられた唇がやけにゆっくりと、スローモーションで離れていくのを見て、もう一度貪りたい衝動に駆られるが、淡いピンクのマニキュアで彩られた細く白い指がそれを遮る。



「うそ。宗介くんのことは好き。でも、凛のことが好きすぎて、それどころじゃないの。ごめんね」


「結、」


「秘密だよ。唇の柔らかさも、宗介くんの言葉も、私の言葉も、…その肩のことも、全部、凛には秘密」




そう、私はこの瞬間大人になった。



凛には言えない秘密ができた瞬間、凛が知らない私が形成され、その新しい私は凛の知らないところで成長していく。


私と凛の間で嘘は交わされない。何かを秘密にすることなど今まで一度もなかった。その必要もなかった。
凛以外の誰かと秘密を共有する日がくるとは思いもしなかった。


ああ、これが大人になるということなんだ。


でもきっと、これからは秘密が増えていく。秘密というベールをまとって美しくなり、私は大人になっていく。

全ては、凛と私のために。

2014/9/16


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