メモリィ・タイムリープ 05
海常バスケ部の練習は、桐皇戦を前にますます力が入っていた。
厳しい練習でどんなに疲れていても、食べて寝ればリセットされる身体に感動を覚える。
ああ、そうだ。この頃は何だってできる気がしていた。
辛さよりも、チームメイトとバスケをする楽しさや、青峰っちを始めとするかつての仲間たちと本気で闘える喜びの方が勝っていた。
本気を出さなくても望むものが手に入っていた頃には、得られなかった感動。
大人になってからは、感じることができなくなる繊細な感情。
今振り返ると、青臭く、少し照れくさい。
でも、かけがえのない日々だった。
またその日々の中に戻れる日が来るなんて、夢にも思わなかった。
「最近気合入ってるじゃねーか、黄瀬」
「桐皇との試合も目前だしな」
先輩たちは、俺が青峰っちとの試合をモチベーションに練習に励んでいると思っている。
もちろんそれは間違いではない。というより事実だ。
でも、このメンバーでバスケができることが何よりも楽しかった。
ゆきっちのことを除けば自分の人生を悔いたことは無いし、青春はそれなりに謳歌していたけれど、こうしてもう一度高校生としての生活を送ると、新たな発見がたくさんある。
あの頃には上手く言葉にできなかった感情が、今の自分でははっきりと言語化することができる。
『あの時もっとこうすれば良かった』
『こう言えばもっと上手く伝えられた』
そういうちょっとした後悔は、誰にだってある。
誰だってそういう後悔を少しずつ蓄積させ、大人になっていく。
その後悔を繰り返さないように成長していく。
その経験が未来の自分を変えたとしても、決して過去の自分を変えられるわけはない。
後悔した瞬間をやり直すことなどできない。
この奇跡みたいな時間がどうなるのかはまだ分からない。
もしかしたら夢から醒めるように、元の時間軸に戻ってしまうかもしれない。
でも、もしも、俺の行動によって未来が少しでも変わったら―・・・
「もちろんっス!青峰っちには絶対勝つっスよ」
「ああ」
もし、桐皇に勝っていたのが俺たちだったら。
もし、洛山に勝っていたのが俺たちだったら。
ウエディングドレスを着たゆきっちの隣にいたのは俺だった?
何度も考えた、ただの夢物語。
「涼太、お疲れさま」
ゆきっちからドリンクとタオルを受け取る。
ふわっと香る花の香りに、ウエディングドレス姿の24歳のゆきっちが重なり、思わず目を細めた。
「?どうしたの?眩しい?」
自分の背後にある開け放たれたドアを振り返るゆきっちの様子が可愛くて、胸の奥がぎゅっと掴まれるような懐かしい感覚を味わう。
「違うよ。幸せだなーって、思ったんスよ」
「・・・バスケ、楽しい?」
「すっっっっっごく楽しいっスよ!全部、ゆきっちのおかげ」
「そんなー・・・」
「おい!いつまで喋ってんだ!そろそろ練習再開するぞ!」
ゆきっちの声を遮るように、笠松先輩の声が体育館一杯に響いた。
あ り が と 。
口パクでゆきっちに感謝の言葉を送り、ついでにウインク。
そう。これでこそ、俺。
ゆきっちは微かに笑いながら、小さく手を振ってくれた。
(ただ傍で笑ってくれているだけで、幸せなんだと気付いた)
2018/05/28